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鎌倉殿の13人 第21話「仏の眼差し」 ~奥州合戦と八重の死~

 奥州合戦は描かれませんでしたね。藤原秀衡、源義経が死んでしまって役者がいなくなりましたし、北条義時が主人公の物語としてはまだまだ先が長いので、省けるところは割愛していこうという意図でしょう。そこで、当ブログではすっ飛ばされた奥州合戦について手短に解説します。


鎌倉殿の13人 第21話「仏の眼差し」 ~奥州合戦と八重の死~_e0158128_20415557.jpg 藤原泰衡が義経を殺害したことによって、朝廷はもはや奥州征伐の必要はなくなったと判断し、鎌倉の源頼朝に対して奥州への軍事行動を中止するよう命じます。しかし、頼朝は泰衡が義経を匿った咎は反逆に勝るとして、朝廷の制止を無視して平泉攻撃の準備を進めます。義経の首が鎌倉に届けられてから10日余りの文治5年(1189年)625日、朝廷に対して泰衡追討の宣旨を改めて求めるとともに、全国から奥州攻めのための兵を大規模に動員しました。しかし、当然のことながら、朝廷は奥州征伐の勅許を下すことはなく、困った頼朝は、兵法の故事に詳しい老臣の大庭景能に対処法を相談しました。すると景能は、「軍中では将軍の命令を聞き、天子の詔を聞かないものであり、すでに奏聞した以上、朝廷の決定を待つ必要はない」アドバイスしました。これを聞いた頼朝は、景能に恩賞を与え、出撃を決断します。


 719日、頼朝は朝廷の許可がないままに、軍勢を大手軍、東海道軍、北陸道軍の三隊に分け、自らは大手軍を率いて奥州に出陣しました。ほとんど抵抗を受けずに北上した頼朝軍は、88日から10日にかけて展開した伊達郡阿津賀志山の激戦を制し、22日に平泉に侵攻したものの、すでに藤原泰衡は館に火を放って逃走したあとでした。翌日、頼朝は合戦の勝利を朝廷に報告するとともに、さらに泰衡を追って北上します。そこで比企能員らが率いる北陸軍と合流し、全軍が集結しました。『吾妻鏡』によると、その数、284千騎にのぼったと伝えています。この数字はそのまま信用できないにしても、数万の大軍であったことは間違いないでしょう。


 96日、家人の河田次郎裏切りによって殺害された泰衡の首が、頼朝のもとに届けられました。頼朝は首実験を行うと、同日、その場で梟首します。そしてその後、ドラマで描かれていたように、首を持参した河田の裏切り行為を激しく咎め、斬首を命じました。ドラマでは、惨い話のように描かれていましたが、これは裏切りが日常茶飯事だった後世の織田信長徳川家康の時代でも同じことで、勝敗が決してからの裏切り行為は卑怯とされました。当然ですね。「勝ち馬に乗る」という言葉がありますが、あくまで勝敗が決していない段階での判断のことであり、決着がついてからのそれは、当時でも、逆に嫌忌されました。また、頼朝にしてみれば、かつて父の源義朝も同じような状況で家人に裏切られて殺されており、河田次郎の裏切りを許せなかったのでしょう。


 かくして、四代にわたって栄華を極めた奥州藤原氏は滅亡しました。藤原泰衡が当主となってわずか2ほどで滅んでしまったことで、泰衡は後世に凡庸扱いされますが、わたしの考えは少し違います。仮に秀衡が生きていたとしても、あるいは秀衡の遺言通りに義経を大将に戦っていたとしても、おそらく結果は同じだったでしょう。元々、頼朝にとって奥州藤原氏は目障りな存在であり、いずれ攻め滅ぼすつもりだったはずで、義経を匿ったということは、むしろ奥州攻めの大義名分が出来て渡りに船だったんじゃないかと。また、軍事力においても、これまでの源平合戦などの戦いと明らかに違うのは、奥州での合戦であるにも関わらず、西国、九州におよぶ全国から兵が動員され、頼朝自らがその大軍を率いたというところ。それに対抗し得る軍事力が平泉にあったとは思えず、また、これは頼朝の力が全国に及んでいたことを意味しています。遅かれ早かれ奥州藤原氏の滅亡は歴史の必然だったといえるでしょう。栄枯盛衰は世の常です。


鎌倉殿の13人 第21話「仏の眼差し」 ~奥州合戦と八重の死~_e0158128_17413645.png 話は変わって、八重さんが死んじゃいましたね。以前の稿でも少し触れましたが、八重という女性については、頼朝の最初の子・千鶴丸を生んだということ以外、何もわかっておらず、その千鶴丸を生んだ話も、『平家物語』『曽我物語』などの物語類にのみ登場し、同時代史料や『吾妻鏡』などには見えないことから、その実在性も定かではありません。一方、北条義時の最初の妻も、阿波局という女性だったこと以外、詳しいことはわかっていません。その阿波局と八重が同一人物ではないか・・・という推論を、ドラマの時代考証担当の坂井孝一氏が、その著書『鎌倉殿と執権北条氏』のなかで仮説として提示されています。その論拠として、八重が頼朝と別れたあとに嫁いだ江馬次郎が死んだあと、江間は義時の所領となったこと。「阿波局」という名を、のちに義時の(ドラマにおける実衣)が継いでいること。義時と阿波局の間に生まれた泰時は、かつて頼朝の「頼」の字を賜り、「頼時」と名乗っていたこと(泰時と改名したのは頼朝の死後のこと)。その泰時を頼朝は我が子のように可愛がって特別扱いしたこと、などなど。坂井孝一氏は「推論に推論を重ねることを承知の上で、いささか想像をめぐらしてみたい」としたうえで、この仮説を説いておられます。決して三谷さんのオリジナルではないんですね。推論とはいえ、学者さんの後押しがあるとなれば、ちょっと信じたい気持ちになります。


もっとも、仮にそうだったとしても、泰時を生んだあとの阿波局がどうなったのかは定かではありません。義時の次男、三男を生んだのはのちに結婚する姫の前であり、阿波局は、死別したか離縁したかでしょう(坂井氏によれば、頼朝のような貴種の身分ならともかく、一介の東国武士に過ぎない義時レベルが正室と側室の二人の妻を持つことはまずないとのこと)。一方、八重姫のその後も諸説あり、一説では、入水自殺したとする話もあります。今回のドラマでは、それらの伝承を少しアレンジした最期でしたね。川に流された八重は、千鶴丸に会えたでしょうか?


 虚構であれ推論であれ、物語の前半を彩った八重が離脱しました。前週の義経につづいてロスが続きそうですね。八重さん、おつかれ生です!


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by sakanoueno-kumo | 2022-05-30 21:04 | 鎌倉殿の13人 | Trackback(1) | Comments(4)  

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Tracked from 平太郎独白録 親愛なるア.. at 2022-06-02 16:40
タイトル : 私的壇ノ浦の戦い考察 その1 平家彦島海軍基地・根緒城
大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」で壇ノ浦の戦いがありましたよね。で、私も、先般、関門海峡無料クルーズに参加したので、改めて、この合戦について私なりに考えてみようと思い立ちました。「壇ノ浦の戦い」とは、関門海峡付近で行われた海戦で、言うまでもなく、関ケ原、鳥羽伏見と並んで日本三大会戦の一つに数えられる源平最後の合戦です。(↑平家側より見た関門海峡。二つの島の辺りが、巷間、言われる源氏方船団付近。)ただ、鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』には、元暦二年三月二十四日の条で「長門国赤間関(現山口県下関市)壇ノ浦の海上で、...... more
Commented by heitaroh at 2022-06-01 00:23
八重さん死んだのはちょっとびっくりでした。
まあ、私は叔母甥の間柄の結婚というのは無理があると思ってましたから、あるいはそういうクレームもあったのでしょうか?
それとも、おめでたでスケジュールがあわなくなった?
はたまた、八重さんのそっくりさんということで、二役とかで出てくるとか(笑)。
Commented by sakanoueno-kumo at 2022-06-01 21:59
> heitarohさん

義時の最初の妻は、泰時しか生んでいないですからね。
おそらく死ぬんだろうとは思っていました。
次の妻役の堀田真由さんは売り出し中の若手女優さんだそうですが、明らかにガッキーよりは女優として数段格下なわけで・・・。
そんな若手女優さんが正室でガッキーが側室に成り下がるというのは、ちょっとないかなぁと。
大人の事情的に(笑)。
八重=阿波局という説は、信憑性があるなしに関わらず、おそらく坂井氏の仮説に三谷さんが飛びついたのでしょう。
これはドラマになる、と。
正室の姫の前役の女優さんより、実在したかどうかもわからない八重役をガッキーにしたところに、三谷さんの入れ込みを感じます。
この死別が、こののちの義時に何らかの影響を与えるのかもしれません。
ここから覚醒するとか?

・・・最近ちょっと思い始めていることですが、ひょっとしたら義時が頼朝を殺すんじゃないかと。
善児を使って。
謎の多い頼朝の死をどう描くかというのが、この物語の前半のクライマックスですが、頼朝の専横に複雑な感情を抱き始めている義時の表情と、義経を陥れるために善児を連れていったあらりから、なんとなくそう感じるようになりました。
そこに、ひょっとしたら八重との死別が何かしら影響を及ぼすとか・・・。
まあ、見当違いも甚だしかったら恥ずかしいので、この予想はここのコメント欄だけにしておきます。
Commented by heitaroh at 2022-06-02 14:45
なるほど。
考えとしては、それほど突飛なことではないでしょうね。
頼朝死後、代わって専横甚だしくなった親父も追放するわけだし。
でも、実際にはそんなリスクは冒さなかったでしょうし、ドラマ的にも、やっぱ、主人公ですから、頼朝から、「小四郎、後は頼むぞ」と言われないと、なかなか、難しいのでは。
Commented by sakanoueno-kumo at 2022-06-03 22:33
> heitarohさん

その主人公=いい人という縛りを、今回裏切ってくれるんじゃないかと期待しています。
最終的にはそれもいい人で回収するかもしれませんが。

今回、ほとんどの登場人物を既成の人物像の逆に描こうとしているように思えるんですね。
たとえば、権謀術数に長けた陰謀家キャラに描かれることが多かった北条時政は、今回のドラマでは気のいい温厚なオッサンですよね。
あの時政が頼朝死後に代わって専横甚だしくなるとはとても思えない。
その妻の牧の方も、都風を吹かせる気位の高いキャラではありますが、北条全体のことを考えていて、とてものちの牧氏事件の首謀者になるとは思えない。
北条政子も、いままでの政子と違ってしおらしい内助の功ですよね。
梶原景時も、これまでの陰険な人物像とは違いますし、上総広常も、武骨だけどピュアな人物に描かれていた。
義仲も、これまでのような粗暴キャラではなかったですね。
頼朝だって、冷酷な政治家ではあるけれど、決して心の冷え切った人物には描かれていない。
義経だって、サイコパスキャラは斬新でしたが、心はピュアな男だった。
和田も三浦も畠山も、今のところ誰一人悪人がいないんですね。
(既成の人物像だったのは源行家ぐらいでしょうか?笑)
でも、実際には頼朝の死後にドロッドロの殺戮史が展開されるわけじゃないですか。
じゃあ、いったい誰がそれを主導するの?・・・て思ったとき、義時しかいないんじゃないかと。

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