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映画『大河への道』鑑賞記と、その後のシーボルト事件。

 先日、映画『大河への道』を観てきました。伊能忠敬を主人公にした大河ドラマの誘致に奮闘する千葉県香取市役所の職員と、200年以上前につくられた忠敬の日本地図をめぐる秘話を描く物語で、原作は立川志の輔さんの創作落語。志の輔さんは忠敬の日本地図が現代の衛星写真の日本列島との誤差がわずか0.2%しかないことに驚き、この話を作ったそうです。志の輔さんの落語はチケットが入手困難なほど人気の演目だそうですね。落語を知っている方にとっては、落語の世界観と比べて・・・という批評になるかもしれませんが、わたしは落語を鑑賞したことがないので、この映画が初見です。なので、純粋に面白かったですね。登場人物すべてが現代と200年前とで一人二役という設定も秀逸だったと思いますし、笑いあり、涙ありのたいへん良い映画でした。


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 世界を驚愕させた実測日本地図『大日本沿海輿地全図』を作ったのは、言うまでもなく伊能忠敬・・・・と、ほとんどの人がそう思っていますよね。わたしも以前はそう思っていました。ところが、実は忠敬は地図の完成を見ていません。忠敬がこの世を去ったのは文化15413日(1818517日)、『大日本沿海輿地全図』が完成、お披露目となったのが文政4年(1821年)710日。忠敬の死から3年余りのちのことだったんですね。そして忠敬の死が公表されたのが、その2か月後の94日。この間、忠敬の死は隠され、残された弟子たちによって地図の作成作業が進められました。物語は、この3年間を舞台に描かれています。つまり、伊能忠敬の物語でありながら、伊能忠敬は出てこない。よくここに目をつけたなぁと感心させられます。普通、忠敬の日本地図に感動して思い立ったのなら、忠敬の物語を作ろうと思いますよね。志の輔さんの着眼点がスゴイ


 映画で描かれていた3年間の地図作りにまつわる奮闘エピソードの真偽はともかく、忠敬の死を秘匿して地図を完成させたというのは史実通りです。その中心となったのが、幕府天文方の高橋景保でした。映画で中井貴一さんが演じていた人物ですね。この高橋景保という人、物語では篤実なお役人というキャラで描かれていましたが、実際の景保は、かなり優秀な人物でした。


天文学者である高橋至時の長男として大坂で生まれた景保は、幼いころから才気に富み、暦学を父に学んで通暁し、オランダ語にも通じた秀才でした。文化元年(1804年)、20歳で父の跡を継いで江戸幕府天文方となり、同じく天文暦学者の間重富の助けを受けて浅草の天文台を統率し、忠敬の日本地図作成以前にも、洋書などを読み解いて世界地図『新訂万国全図』を作成しています。忠敬の日本地図作りの監督は、父の至時から引き継いだものでした。学識高い景保でしたが、自身の足を使った忠敬の実測による地図作りは、景保にとって新鮮でやりがいのある仕事だったに違いありません。しかし、忠敬は完成を見ることなく死んでしまった。景保にとっては父から受け継いだプロジェクトであり、自身のキャリアとしても絶対に完成させたい。そんな強い思いから、忠敬の死を秘して地図作りを継続したのでしょう。


 景保らの情熱によって、『大日本沿海輿地全図』は完成しました。映画では江戸城大広間に地図が広げられるシーンがクライマックスとなっています。伊能忠敬の後半生のすべてを費やした一大事業を完成させたことで、景保は大きな達成感を得られたに違いありません。映画で描かれたのはここまで。結局、地図を完成させていない伊能忠敬を大河ドラマの主人公にするのは難しく、高橋景保が主人公のドラマなら作れるというのが物語のオチでした。しかし、映画では描かれていない景保のその後の人生を見ると、景保も大河ドラマの主人公にはなれません。というのも、その後、景保は完成させた『大日本沿海輿地全図』が原因で、罪人となってしまうからです。


 『大日本沿海輿地全図』の完成後も、景保は洋書の翻訳など優れた才能と学識でその地位を全うしていましたが、そんななか、景保はオランダ商館の医師として来日していたドイツ人医師のシーボルトと知り合います。当時、樺太東岸の資料を求めていた景保は、シーボルトが持っていたクルーゼンシュテルン『世界周航記』がどうしても欲しくなり、譲り受ける代わりに、『大日本沿海輿地全図』の縮図をシーボルトに進呈してしまうんですね。これをシーボルトが国外に持ち出そうとします。日本の国土が詳細に描かれた『大日本沿海輿地全図』は重要な国家機密であり、これを外国人に渡したということは、重罪にあたります。これが、露見してしまいます。


 事件の発覚は、間宮林蔵の密告だったといわれています。間宮林蔵といえば樺太探検で有名ですが、幕府御庭番を務める役人で、一説には幕府の隠密だったともいわれます。林蔵は蝦夷地と樺太を測量するにあたって伊能忠敬から測量技術を学び、『大日本沿海輿地全図』の北海道は、実は伊能忠敬による実測ではなく、林蔵の観測結果を採り入れたものと言われています。劇中、松山ケンイチさん演じる市役所員が、「北海道がちょっとずれてる」と言っていましたが、忠敬ではなく林蔵の測量だったからかもしれません。そんな関係から、林蔵と景保は旧知の仲でした。一説には、林蔵と景保の間には確執があったとも言われますが、どうだったでしょうね。


 事件の発覚によって逮捕、投獄された景保は、4か月後に獄死します。享年45。その後、遺体は塩漬けにされて保存され、その後の判決で死罪となり、改めて遺骸が引き出されて斬首されました。それほどの重罪だったということですね。映画では、忠敬の死を隠すという露見すれば死罪になりかねない罪を犯してでも地図を完成させた景保でしたが、史実では、その完成させた地図が原因で死罪となってしまいます。


 シーボルトの手に渡った日本地図は奉行所の役人によって没収され、シーボルトも国外追放となりました。しかし、シーボルトは短期間の間に地図を複写していました。これを国外に持ち出したシーボルトは、オランダでこの地図を発表します。これに、世界中が色めき立ちました。当時、西洋列強にとってアジア諸国は植民地のターゲットでしたからね。アヘン戦争が起こり、清国が英国の支配下となり、次は日本・・・というのが、西洋列強の共通認識でした。そして、1851年、アメリカが議会で予算を取り、このシーボルトの日本地図をオランダから3万ドルで購入しています。そしてその2年後、この地図を使って日本にやってきたのが、ペリー提督率いる黒船艦隊だったんですね。伊能忠敬の地図が、めぐりめぐって黒船来航の手引きとなり、やがてそれが幕末動乱から明治維新へとつながっていく。つくづく歴史はつながっているんだなぁと思わされます。


 シーボルト事件は有名ですが、映画に出てくる温厚篤実な高橋という人物が、シーボルト事件の高橋景保と同一人物だとは、映画を観ているときには気づいていませんでした。映画鑑賞後、ある人から教えていただいた映画に関するコラムを読んで、この高橋とあの高橋が同一人物だということに気が付きました。それを知ったうえで映画を観ていたら、また違った観方になっていたかもしれません。ちなみに、高橋景保の墓は、父の高橋至時と共に伊能忠敬の墓の隣にあるそうです。家機密漏洩という重罪を人生最後に犯して罪人となってしまった景保ですが、彼がいなければ、伊能忠敬の日本地図は中途半端な状態で終わっていたかもしれず、伊能忠敬という人の名も、後世に今ほど知られていなかったかもしれません。そう考えれば、罪を帳消しにして余りある功績といえるかもしれませんね。



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by sakanoueno-kumo | 2022-06-16 20:40 | 映画・小説・漫画 | Trackback | Comments(4)  

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Commented by kumikokumyon at 2022-06-20 07:32
え~!!見たいみたいすごく面白そうです!
てっきり伊能忠敬が完成させたと思ってました。
シーボルトの帰国ってこれが原因なんですね、私でも即複写
しますわ~(笑)
こういう歴史の伏線がたまらない!
中井喜一さんの最後で映画も終わるのでしょうか?
Commented by sakanoueno-kumo at 2022-06-20 20:57
> kumikokumyonさん

中井貴一さん演じる高橋景保の最期までは描かれません。
したがって、シーボルト事件ももちろん描かれません。
映画はあくまで伊能忠敬の地図を高橋景保らが完成させるまでのお話です。
なので、拙文では映画で描かれなかった高橋景保のその後をちょっと紹介させていただきました。
ですよね~。
伊能忠敬が完成させたって思ってましたよね~。
わたしもそう思っていました。

>私でも即複写しますわ~(笑)

いや~、だけど、コピー機はもちろん、カメラも何もない時代ですからね。
複写するたってたいへんな作業ですよ。
現代のトレーシングペーパーみたいに透ける紙もなかったでしょうしね。
これを短期間でやってのけたシーボルトもスゴイですね。
でもって、これを国外に持ち出す際、鳥籠の下敷きの紙の下に敷いて検査員の眼を突破したのだとか。
見つかったら国外追放ではすまなかったかもしれません。
高橋景保にしてもシーボルトにしても、たかが地図に命を賭けている。
それほど価値があったってことですね。
Commented by kumikokumyon at 2022-06-22 10:05
再コメごめんくださいませ、昨日「大河への道」鑑賞してきました! コメントお返事いただいてからもう一度記事を読ませて頂いたら映画の終わりが記されておりましたね、さらっと読みでごめんなさい。

現代と当時が重なり、役者揃いでおかしく切なく最後まで楽しめました。
あの時代に国土を守るために奔走した人たち、頭が下がります。
けど最後に披露された実際の地図ってあんなに大きかったのですか?実物は残っていないのかしら?
北川景子さん演じるエイって4番目の奥さんらしいですね、スクリーンいっぱいのアップに耐える女優さんって彼女くらいですね。
玉置浩二さんの主題歌も良い、お友達にもお勧めしたい映画でした!
Commented by sakanoueno-kumo at 2022-06-23 10:06
> kumikokumyonさん

わたしの紹介文で観にいっていただいたのなら、お役に立てて光栄です。
見たけどつまんなかった~、って感想じゃなくて良かったです。

映画では江戸城大広間に納められた地図を11代将軍徳川家斉が見るシーンがクライマックスでしたが、史実では、このとき江戸城大広間に広げられた地図は第5次測量以降に描いた西日本の地図だけで、将軍はおらず、老中ら幕閣しか見ていないようです。
大日本沿海輿地全図は214枚もあり、日本全国をつなげて並べるには江戸城大広間でも狭すぎたようですね。
ちなみに、家斉は東日本の地図が納められたときにすでに地図を見ていたそうです。
映画で広げた地図を鳥瞰する映像は素晴らしかったですね。
あれ、CGなのかドローン撮影なのか、素人の私にはよくわからなかったですが。

地図の原本は江戸幕府が崩壊した後、明治新政府に移譲されましたが、明治6年(1873年)の皇居の大火災の際に焼失してしまったそうで、その後、伊能家に保管されていた控図(副本)が翌年政府に献納され、それを元に明治政府が日本地図を作製したそうです。
原本が残っていたら、間違いなく国宝だったでしょうね。

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