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蒲生氏郷が築いた伊勢松坂城を歩く。 その5 <きたい丸>

「その4」のつづきです。

松坂城本丸西側にある、きたい丸を歩きます。


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きたい丸とは、古田重勝の子である古田重恒の幼名、「希代丸(稀代丸)」に由来するといわれているそうです。


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ここも、周囲を多門櫓が囲っています。


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のぞき込むと、圧巻の高石垣


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ここで松坂城の歴史の話をしましょう。

松坂城の始まりは、元亀年間(157073年)ごろに潮田長介が築いた砦が前身とされています。

天正12年(1584年)に豊臣秀吉の命で近江国日野城6万石より伊勢国123千石を与えられて移ってきた蒲生氏郷は、まず松ヶ島城へ入りますが、ここが手狭であったことから、「四五百森」と呼ばれる標高35mほどの独立丘陵に目をつけ、天正16年(1588年)に完成させたのが、松坂城です。

入城の際、氏郷はこの地を「松坂」と命名しました。

「松」は縁起がいい文字とされ、「坂」は秀吉が造った新たな城下町「大坂」から、秀吉の許しを得て1文字用いたものといわれています。


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築城から間もない天正18年(1590年)、小田原平定を成し遂げた秀吉は、その後、陸奥、出羽へと手を伸ばしました。

世にいう奥羽仕置ですね。

これにともない、小田原平定で功をあげた氏郷は、42万石の大大名として陸奥会津へ移ることとなります。

その翌年、松坂城へは服部一忠が入りました。

しかし、一忠は文禄4年(1595年)に起きた豊臣秀次事件に連座して所領を没収され、一時は上杉景勝に預けられるも、のちに切腹を命じられて自害します。


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同年、松坂城に入ったのは、古田重勝でした。

秀吉の死後、重勝は関ヶ原の戦いの軍功により徳川家康より2万石を加増され、松坂藩を立藩。

重勝は松坂藩初代藩主となります。

その際、重勝は城の整備に力を入れました。

現在残る松坂城の遺構の多くは、そのときのものと考えられています。


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重勝の死後、弟の古田重治が城主となりますが、元和5年(1619年)、大坂夏の陣の功により石見浜田へ移封となります。

このとき松坂藩は廃され、紀州藩の直轄地とされました。

その後、松坂城には紀州藩から城代が派遣され、城内には藩の出先機関が置かれました。

寛政6年(1794年)には二ノ丸御殿が建てらえ、この陣屋が紀州藩領経営の拠点となりました。

その後も松坂城は明治維新まで存続しますが、紀州藩の城となってから天守や櫓門などの建物が整備されることはなく、放置プレイ状態だったため次第に荒廃してしまいました。


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北西隅にやってきました。


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「その1」で下から見た高石垣の上です。


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のぞき込むと、たっか!こわっ!


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そこから北側に目をやると、突起した部分が見ます。

あそこにもがあったのかな?


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やってきました。


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振り返ると、これまた「その1」で見た高石垣が。


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なんか看板が見えます。


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ここから見える山々の案内でした。


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看板と見比べてください。


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野球のグラウンドが見えます。

かつてはあそこも三ノ丸でした。


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さらに北東に向かって多門跡を歩きます。


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石垣が張り出していますね。

ここは櫓跡ではなく、張り出した横矢掛けでしょう。


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横矢掛けから見た高石垣。


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反対側から見た横矢掛け

ここに多門櫓土塀があって、狭間から180度攻撃可能でした。


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さらに北西から見た張り出し横矢掛け


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多門は続くよどこまでも(笑)。


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きたい丸北側から、「その4」で見た本丸上段の敵見櫓台石垣を見上げます。


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さらに北へ。


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きたい丸最北端にやってきました。


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石碑には藤見櫓とあります。

そのまま読めば、を見ることが出きた櫓だったってことでしょうけど、あるいは、「富士見櫓」でもあったのかもしれません。


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礎石跡がありますね。


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で、そこから直角に折れ曲がって、南東に歩くと・・・。


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ようやく多門石垣の行き止まりに着きます。


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石碑には「鐘の櫓跡」とあります。

どうやら「その3」で見た助左衛門御門西側の高石垣の上に続いていたようです。


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そこから東を見ると、「その3」で見た遠見櫓台石垣が見えます。

「その3」では向こうからこっちを見ましたが、今度はこっちから向こうを見ています。


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同じく「その3」で見た歴史民俗資料館も。


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鐘の櫓跡を降りましょう。


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合坂になっています。

合坂とは、V字型になるように向きあった階段のことを言います。


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先端にも雁木があります。


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その向かいには、本丸下段の石垣が。


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さて、これで松坂城を全攻略しましたが、もう一回、「その2」で見た裏門の南側の御城番屋敷跡を歩きます。

「その6」につづきます。




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by sakanoueno-kumo | 2023-11-16 18:59 | 三重の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

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