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2009年 10月 05日 ( 1 )

 

天地人 第40話「上杉転落」

 「謝罪は無用と存じます。」
関ヶ原の戦いから1年後の1601年(慶長6年)、景勝と兼続は上洛して家康と対面する。戦の責めを問われた景勝だったが、家康の処分には従うものの謝罪はしないと公言する。
 直江状が戦の発端だったと責められた兼続だったが、
 「云われ無き讒言によって敵が攻め来たるならば、正々堂々と迎え撃たんとの覚悟を示したまで。邪(よこしま)なものに天下が奪われようとしているときこそ、正義とは何かを世に示さんがため。」と、言い放つ。
 家康の言うとおり、兼続の書状はまさしく家康に喧嘩を売った果たし状。その喧嘩に負けたのだから潔く傘下に下るものの、喧嘩を売った理由は「義」にあり、謝罪する必要はないという強い意思表示。社民党議員が聞けばすっ飛んで怒ってきそうな話だが、戦とは勝者にも敗者にも「正義」があり「悪」があるもの。上杉にとっての「義」は、上杉にとっての「国体」なのである。謝ってしまっては死に体、譲ることの出来ないものである。

 とは言うものの、お家取りつぶしになってしまっては結局上杉の義は滅びてしまう。兼続は本田正信に近づき上杉家存続のための裏工作に奔走。福島正則や小早川秀秋の力添えもあって、なんとか会津120万石から米沢30万石へ減封に落着。(これについては史実と照らし合わせて異論も多いと思われるが、それはひとまずおいといて。) お家取りつぶしは免れたものの、直江状のダメージは大きかった。

 会津へ戻った兼続は、身の振り方を案じる家臣たちを前に決意を語る。
 「上杉はもう財は残っておらぬ。あるのは、皆の心の中にある義と愛の志のみじゃ。されど残念ながら義と愛だけでは食うては行けぬな。」
 「進むも引くも地獄となろう。殿を信じついてきてくれるのであれば、誰一人召し放ちなどせぬ。楽をさせることは出来ぬが、共に戦ったそなた達の暮らしは、わしが精一杯守る。」

 リストラはしないが、ワークシェアリングでの痛み分けは避けられないといったところ。苦渋の選択だっただろう。石高は4分の1になったわけで、それでも従業員を減らさずに経営していける企業など、平成の現代では考えられないことである。取締役の大幅減俸はもとより、末端社員の隅々まで大きな理解と覚悟がなければ出来ることではない。
 「禄高など二の次、三の次。上杉の家臣であることこそ、宝でござる。」
こんな強い愛社精神の従業員を持った上杉家は、戦国屈指の優良企業だったのだろう。


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by sakanoueno-kumo | 2009-10-05 10:17 | 天地人 | Comments(2)