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2014年 02月 04日 ( 1 )

 

軍師官兵衛 第5話「死闘の果て」 ~青山・土器山の戦い~

 永禄11(1568)年、黒田官兵衛の間に男児が誕生します。幼名を松寿丸、のちに福岡藩初代藩主となる黒田長政ですね。結婚してすぐに男児を生むという、武家の正室としては最高の仕事をした光でしたが、どういうわけか、こののち二人の間は子どもに恵まれませんでした。官兵衛は生涯、側室を持たなかったといいますから、長政は無条件で黒田家の継嗣となります。医学が未熟なこの時代、子どもが無事成人する確立は30%ほどだったといわれますから、長政ただひとりというのは、黒田家の血筋を残す上で心許なかったでしょうね。よく無事に育ってくれたものです。

 同じ年、放浪中の足利義昭織田信長の支援をバックに上洛を果たし、室町幕府第15代将軍に就任します。これを知った播磨国龍野城主の赤松政秀は、将軍に取り入るべく動き出します。赤松政秀とは、第3話で官兵衛の幼馴染のおたつを死に追いやった武将ですね(参照:第3話「命の使い道」 )。この政秀の行動を良しとしなかったのが、赤松宗家の当主で置塩城主の赤松義祐。赤松宗家と龍野赤松氏は、同じ赤松氏内の政争で長く対立関係にありました。政秀が将軍と懇意になることで、播磨の守護職を奪おうとしてるんじゃないかと危惧した義祐は、御着城主の小寺政職に政秀の娘の誘拐を命令し、さらに、備前国の浦上宗景に龍野城攻略を要請します。この挟み撃ち状態にたまりかねた政秀は、将軍・足利義昭に援軍を頼み、これを受けた義昭は、信長に進軍を命じます。信長によって派遣された援軍を得て、一転して優勢に立った政秀は、義祐に味方した小寺政職の配下である姫路城に兵を差し向けました。姫路城代は言うまでもなく官兵衛ですね。

 永禄12(1569)年5月、赤松政秀が3000の兵を率いて姫路に攻め込んできました。しかし、迎え撃つ立場の赤松義祐は、小寺政職とともに置塩城に籠城してしまいます。残された黒田軍の兵の数はわずか300ほどで、しかも、この当時の姫路城は、現在のような大城郭ではなく、守備力は強固とはいい難い砦のようなものでした。指揮をとる官兵衛は籠城戦をあきらめ、野戦を仕掛けます。兵の数では劣勢の黒田軍でしたが、城から4kmほど西の青山に陣を張り、奇襲をかけます。その奇襲がみごと成功し、赤松軍は撤退します(青山の戦い)。

 一度は撤退を余儀なくされた政秀でしたが、同年6月、ふたたび3000の兵を率いて押し寄せてきます。迎え撃つ黒田軍は、夢前川東岸にある土器山に陣を張るのですが、今度は、官兵衛が動く前に、先に赤松軍が奇襲をかけてきました。この急襲で黒田軍は壊滅寸前まで追い込まれます。その後、官兵衛は父である黒田職隆や英賀城主の三木道秋援軍を得ますが、このまま防御一辺倒では、兵の数で劣勢の自軍に勝ち目はないと考えた官兵衛は、敢えて体力の回復していない兵に出撃命令を出し、夜襲に打って出ます。これがまたまた成功するんですね。昨夜の戦いで黒田軍は甚大な被害を受けて、すでに攻撃する力など残っていまいと油断していた赤松軍は、黒田軍の奇襲を受けて大パニックに陥り、逃亡する兵が相次いだといいます(土器山の戦い)。まさしく、進みて禦(ふせ)ぐべからざるは、その虚を衝けばなり・・・ですね。

 からくも勝利した黒田軍でしたが、この戦いで多くの家臣を失いました。とくに、母里小兵衛をはじめとする母里家は、一族の男子24人すべてが戦死するという無残な結果となります。小兵衛の子で、官兵衛の幼いころからの家臣である母里武兵衛も、この戦で命を落としました。ドラマでは、深傷を負った武兵衛に対して官兵衛が、「けが人は連れていけぬ」と退けたものの、武兵衛は「父の仇を討ちたい」と引かず、止める官兵衛を振りきって武兵衛自ら出陣を志願するといった設定でしたね。しかし、伝承によると、身体の7ヵ所にけがを負った武兵衛が、無謀とも思える官兵衛の夜襲作戦に対して、「これ程の傷を負った者に出撃せよとは死ねということか?」と反論したところ、官兵衛は、「おそらくそうなるだろう」とだけ返答した・・・といいます。ドラマとは真逆の逸話ですよね。まあ、この逸話自体は伝承レベルの話ですから、史実とは言い難いエピソードではありますが、だからといって、なんで180度真逆に変えちゃったのか意味不明です。

 一族絶滅の危機に晒された母里家でしたが、戦のあと官兵衛は、小寺家の家臣である曽我太兵衛に母里家を継がせます。あの民謡「黒田節」のモデルとして有名な母里太兵衛ですね。

 大きな代償を払うことになった赤松氏との戦いでしたが、わずか300という兵の数で大軍を破った官兵衛の名は、たちまち世に轟いたに違いありません。官兵衛にとってこの「青山・土器山の戦い」は、歴史の表舞台に名乗りを上げた戦だったといえるでしょうか。


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by sakanoueno-kumo | 2014-02-04 00:13 | 軍師官兵衛 | Trackback(2) | Comments(0)