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2014年 02月 19日 ( 1 )

 

軍師官兵衛 第7話「決断のとき」 ~御着評定~

 室町幕府第15代将軍・足利義昭を京から追放した織田信長は、近江国の浅井長政朝倉義景を攻め滅ぼし、さらに、武田信玄亡きあとの武田勝頼軍をも打ち破ります。もはやその勢いはとどまるところを知らず、そしてその矛先は、ついに黒田官兵衛たちの播磨国へと向けられ始めます。信長の掲げた「天下布武」は、着々と形づいてきました。

 かたや、播磨国以西に目を向けると、毛利氏が圧倒的な強さを誇っていました。先君・毛利元就の時代に中国地方をほぼ制圧した毛利氏は、その元就亡きあとも、その孫・毛利輝元吉川元春小早川隆景が補佐する三本の矢体制で、今なお勢力を保ち続けていました。信長がこれ以上勢力を伸ばし続けると、西国の覇者である毛利氏と激突するのは時間の問題。その狭間にいたのが、官兵衛たちの播磨国だったわけです。

 板挟みとなった播磨国の領主たちは、どちらにつくかの決断を迫られます。歴史と伝統のある大企業の毛利氏の配下に入るか、新興ベンチャー企業の織田氏の下請けになるかは、中小企業の播磨国領主たちにとっては、大きな問題だったでしょう。彼らにとっては死活問題ですからね。判断を間違えれば、役員従業員共々露頭に迷うことになります。そう考えれば、新興企業よりも歴史ある老舗企業を選びたくなる気持ちはうなずけますよね。播磨国には、かねてより毛利氏とつながりの深い領主が多く、官兵衛たち小寺家の近隣の領主たちは挙って毛利氏支持を表明していました。小寺家内でも、毛利氏支持の声が多かったようです。ところが、官兵衛の意見は違ったわけですね。

 このときのことについて、『黒田家譜』には次のように記されています。あるとき、小寺政職は家臣たちを御着城に集め、今後誰が天下をとると思うかを問いました。そのとき、すかさず回答したのが、ほかならぬ官兵衛だったといいます。官兵衛は天下の情勢を具体的に説明し、織田信長と毛利輝元の二人を客観的に分析したうえで、天下をとるのは信長だと説きます。毛利は大国なれど、元就亡き後の輝元にその器量はなし・・・と。まさしくドラマにあったとおりですね。

 ただ、ドラマでは、織田氏につくべしと説いた官兵衛ひとりが小寺家中で先見の明があり、毛利氏を推す保守層は愚鈍であるかのように描かれていましたが、それは歴史の答えを知っている後世の私たちの目線ですね。当時に生きる彼らの立場で考えれば、名門の毛利氏を選ぶほうが無難な選択で、官兵衛の意見はかなり大博打だったといえます。にも関わらず、官兵衛の意見を採り入れて織田氏に与する道を選んだことを見れば、この時期、すでに小寺家のなかでの官兵衛の発言力が、たいへん大きなものとなっていたことがわかります。ただ、それでも、このとき政職のなかでは一抹の不安があったのでしょうね。最後まで官兵衛を信じきれなかったことが、のちに小寺家を滅びの道へと進ませてしまうことになります。
 
 「国を用(おさ)むる者は義立てば而(すなわ)ち王たり」

 官兵衛が政職を説得するために引用した荀子の言葉ですね。大義を掲げて国を治める者こそが王である、ということでしょうか。官兵衛が引用したのはここまでですが、荀子の言葉は、さらにこのあと次のようにつづきます。

 「信立てば而ち覇たり、権謀立てば而ち亡ぶ」

 王たるもの、信頼を得れば覇者となり、人をあざむけばやがて滅ぶだろう・・・ですかね。政職には、こっちの言葉を教えてあげるべきだったでしょうね。


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by sakanoueno-kumo | 2014-02-19 22:21 | 軍師官兵衛 | Comments(2)