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2016年 03月 11日 ( 1 )

 

朝ドラ『あさが来た』で知ったびっくりポンな女傑、広岡浅子。 その1

NHK朝の連続ドラマ『あさが来た』が、いよいよクライマックスを迎えますね。

わたしにとって朝ドラは、観たり観なかったりしながら後半だけハマるといったパターンがほとんどでしたが、今回はいつになく最初からハマってしまい、観れない回は録画してまで観ています。

自称歴史オタクのわたしですが、恥ずかしながら主人公・あさのモデルである広岡浅子という女性のことを、ドラマを観るまでまったく知りませんでした。

で、せっかくなので、大同生命のHPなどを参考にしながら、この大阪が生んだ女傑について書き残しておこうと思います。

e0158128_15245922.jpg嘉永2年(1849年)といえば黒船来航の4年前、京都の豪商・三井家の三女として浅子は生まれました。

ドラマにもあったように、浅子は2歳にして既に将来の結婚相手が決まっていたそうです。

その相手が、当時鴻池と並ぶ豪商だった大阪の両替商・加島屋の次男・広岡信五郎でした。

浅子は17歳で加島屋に嫁ぎます。

加島屋は、幕末266あった諸藩のうち、およそ100藩に「大名貸」をしていたというほどの豪商で、その融資額の総額は約900万両(現在の貨幣価値で約4500億円)もあったとか。

現代でいうところのメガバンクですね。

浅子が嫁いだのは慶応元年(1865年)、前年には京都で「禁門の変」があり、世情はいよいよ緊迫した血なまぐさい時代に突入したころでした。

ドラマで、新選組副長・土方歳三と絡むシーンがありましたが、実際に、借用人・土方歳三、保証人・近藤勇と署名捺印された金400両(現在の貨幣価値で約2000万円)の借用書が現存しているそうです。

ふつう借用書は、返却されれば破棄、もしくは裏書して借用人に渡すものだったそうですから、この証文が残っているということは、おそらく返却されなかったものとされているそうです。

加島屋にとっては大きな損害だったでしょうね。

また、加島屋が長州藩のメインバンクであったことから、「禁門の変」のあと、長州藩との関わりについて新撰組から厳しい取調べを受けたという話も残っているそうです。

その後、慶応4年(1868年)に「鳥羽伏見の戦い」で敗れた幕府軍が京・大坂からこぞって退去し、新政府が立ち上がりました。

すると今度は、新政府から大阪の豪商たちに呼び出しがかかり、「ご一新のため」として総額300万両もの献金を求められます。

それ以降も、「戦費のため」「明治天皇の行幸のため」と、ことあるごとに新政府から献金の要請がありました。

政治は徳川幕府から明治新政府に変わりましたが、加島屋など商人たちにしてみれば、新選組も新政府も同じだったでしょうね。

次回につづきます。

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by sakanoueno-kumo | 2016-03-11 17:30 | その他ドラマ | Trackback | Comments(0)