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2016年 06月 06日 ( 1 )

 

真田丸 第22話「裁定」 ~名胡桃城事件~

 足掛け7年に及んだ真田氏、北条氏、徳川氏間の沼田領問題は、豊臣政権下の裁定に委ねることになりました。ドラマのような法廷のシチュエーションがあったかどうかはわかりませんが、3者の言い分を聞いた上で豊臣秀吉が下した裁断は、沼田城を含む沼田領3分の2北条領とし、名胡桃城を含む3分の1は、真田家墳墓の地であるという由緒を考慮して真田領に(名胡桃の地が真田墳墓の地という話は諸説あって定かではありません)、そして徳川氏は、真田氏が失う3分の2に相当する替地を補償するというものでした。真田氏、北条氏ともにこの裁断は決して満足できるものではありませんでしたが、「痛み分け」といったかたちで双方ともこの条件を受諾し、一応の決着をみます。

 ところが、沼田城の引渡しからわずか4ヶ月後の天正17年(1589年)11月、北条氏邦の家臣で沼田城代を務めていた猪俣邦憲が、突如、名胡桃城を乗っ取るという事件が勃発します。世に言う「名胡桃城事件」ですね。この事件が、結局は北条氏滅亡に直結する銃爪となるわけですが、今回のドラマでは、どういうわけか詳しく描きませんでしたね。そこで、以下、「名胡桃城事件」の経緯を簡単に紹介します。

e0158128_22512433.jpg 秀吉の裁断によってなんとか名胡桃城を死守した真田昌幸は、その城代として家臣の鈴木主水重則を配置します。そこに、中山九兵衛実光という浪人が寄宿していました。九兵衛は上野国中山城主・中山安芸守の次男で、鈴木主水の妻の弟だったといいます。その九兵衛に、旧知だったという北条方の猪俣邦憲が密かに接触。旧領の中山城に加え、名胡桃城も九兵衛に与えると耳打ちし、抱き込みに成功します。そして、鈴木主水の騙し討ちを画策します。

 まず九兵衛は、真田昌幸から主水に宛てた偽の書状をつくり、「相談事があるので、名胡桃城は中山九兵衛にあずけてすぐに来て欲しい」として主水を上田城に向かわせます。主水はその道中、昌幸の叔父・矢沢頼綱が城代を務める岩櫃城に立ち寄って事情を話すと、「それは騙されたに違いない」と言われ、加勢を連れて直ちに名胡桃城に戻るよう促されます。慌てて主水は名胡桃城に戻りますが、頼綱の予想どおり、城はすでに北条方に占領されていました。

自身の浅はかさに面目を失った主水は、加勢を岩櫃城に帰し、郎党30人ばかりを連れて沼田城下の正覚寺に入り、猪俣邦憲に遣いを立てて「こうなった以上、真田家にはいられず、ぜひ猪俣氏の家臣に加えてほしい」と申し入れます。といっても、これは本心ではなく、主水は降伏と見せかけ、猪俣と対面したら刺し違える覚悟でした。しかし、猪俣は主水の策を見抜いており、それがわかった主水は、もはやこれまでと観念し、正覚寺の庭で自刃して果てました。通常、切腹は座ってしますが、このときの主水は立ったままの切腹であったと、正覚寺の記録に残っているそうです。

 以上が「名胡桃城事件」の経緯です。真田家の物語である以上、必ずこの話は描かれると思っていたのですが、なぜ割愛されたのでしょうね。ドラマでは、鈴木主水の自害を知った真田昌幸が、「こんなことなら、名胡桃もくれてやればよかったわい」と肩を落としていましたが、名胡桃城事件が描かれていなかったので、イマイチ言葉に重みがなかったですね。ちょっと残念でした。

 まあ、この逸話自体は、どこまでが史実かはわからないのですが、名胡桃城が北条氏に奪われたのは史実で、この事件を重く見た秀吉は、北条征伐を決断します。一説には、この名胡桃城事件自体が、秀吉の仕組んだ罠だったんじゃないかという見方もあります。というのも、沼田城と名胡桃城は直線距離にしてわずか4kmほどしか離れておらず、しかも、名胡桃城は沼田城より高台にあるため、名胡桃城から沼田城が監視しやすい位置関係でした。これは、沼田城側から見れば戦略上非常に不利な状況で、秀吉の裁定では3分の2の領土を得た北条氏でしたが、実際には、名胡桃城の存在は脅威でしかなく、秀吉は真田氏に有利な裁定を下したといえます。

つまり、秀吉は最初から北条氏に名胡桃城を攻めさせるように画策し、あえて名胡桃城を真田領としたのではないかと。実際、冒頭でも述べたとおり、名胡桃周辺が真田氏墳墓の地という話は、何の確証もありません。ひょっとしたら、それさえも秀吉の政治的意図で作られた虚偽だったのかもしれません。だとしたら、秀吉恐るべしですね。その策略にまんまとハマった北条氏は、もとより秀吉の敵ではなかったということでしょう。

 「だから、もっと早いうちに秀吉に会っておけばよかったのだ!」

 北条氏の重臣・板部岡江雪斎の援軍要請を受けた徳川家康の台詞ですが、まさに、そのとおりでした。国のトップに時勢を読む力がなければ、国は滅びの道を辿るしかないんですね。今の日本のトップは、大丈夫でしょうか?



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by sakanoueno-kumo | 2016-06-06 22:52 | 真田丸 | Trackback | Comments(0)