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2018年 01月 20日 ( 1 )

 

太平記を歩く。 その185 「赤松円心公墓所(常厳寺)」 兵庫県三木市

三木市にある常厳寺に赤松則村(円心)の墓があると知り、訪れました。


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でも、一般に知られている円心の墓所は京都の建仁寺にあり、供養塔はが兵庫県赤穂郡上郡町の金華山法雲寺にあります。

それが、なぜ三木市にあるのか・・・まあ、墓所が複数あるという話はよくあることなので、とりあえず訪れてみることに。


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門前の「温故知新」の石碑の背面には、たしかに「開基・赤松円心公墓所」と刻まれています。


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しかし、探せど探せど、境内にそれらしき墓石が見当たりません。

そこでスマホでググってみると、どうやら境内内ではなく、近くの墓苑にあるようです。

早速周辺を逍遥。


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墓苑は常厳寺境内を出て少し北に行ったところにありました。

そこに、白塀で囲われた特別な場所といった空間が見えます。


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円心の墓、見つかりました。

でもちょっと、綺麗すぎるんじゃない?

ネットで見たときは、ほとんど崩れかけの古い墓だったような・・・。


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よく見ると、「維持平成廿八年二月建立」とあります。

なんだ、去年建て直されたんじゃないか!


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背後に並べられた古い石碑と、周囲を囲む白塀の下の石垣は、当時のものなんでしょうね。

崩れかけていたから建て直したのでしょうが、もうちょっと、元の墓石を修理するだけとか、なんか方法はなかったのでしょうか?

これじゃあ、歴史的価値は皆無で、もはや史跡ではありません。

わたしの親父の墓のほうが歴史があるという・・・(苦笑)。


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円心は、「観応の擾乱」においては足利尊氏に従い、軍を編成している最中の正平5年/観応元年(1351年)1月11日、京都七条にある邸宅で急死しました。

享年74歳。


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なぜこの地に円心の墓があるかというと、円心が入道となって上郡に法雲寺を建立したとき、東播磨の三木にも守護仏を祀る寺を建てて聖観音を安置したそうで、それが君峯山常厳寺の縁起だそうで、その縁でこの地に埋葬されたのだとか。

京都で死んだ円心の亡骸が三木に埋葬されたとは考えづらいのですが、あるいは、分骨されて一部が埋葬されたのかもしれませんね。




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by sakanoueno-kumo | 2018-01-20 22:33 | 太平記を歩く | Comments(0)