2018年 06月 16日 ( 1 )

 

幕末京都逍遥 その76 「梁川星巌邸跡」

前稿で紹介した吉田屋跡から鴨川を挟んで東側に、かつて梁川星巌の屋敷がありました。

現在、その場所には「梁川星巌邸跡」と刻まれた石碑が建ちます。


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美濃国安八郡曽根村の郷士の家に生まれた星厳は、幕末を代表する漢詩人として知られ、晩年は尊攘派志士たちの精神的支柱となった人物です。


 今來古往蹟茫茫

 石馬無聲抔土荒

 春入櫻花滿山白

 南朝天子御魂香


上の漢詩は南朝の史跡を懐古して詠んだという有名な「芳野懐古」です。

星巌はこの漢詩で勤王詩人としてのイメージを確立しました。


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時の幕府大老・井伊直弼「安政の大獄」が始まると、梅田雲浜、頼三樹三郎、池内大学と共に悪謀四天王のひとりとされ、現代で言うところの指名手配容疑者となりますが、大量逮捕開始の3日前、当時猛威をふるっていたコレラに感染して急逝します。

コレラに感染していなくとも、逮捕されて処刑されていたであろうことを思えば、星厳にとってはどちらが良かったでしょうね。

星巖の死に様は、詩人であることにちなんで、「死に(詩に)上手」と評されたそうです。

さぶとん1枚!(笑)


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現在、石碑が建つ場所は有料駐車場となっています。

15分100円、1日最大1300円、観光地の京都の駐車場としては、良心的な価格ですね。

さすがは勤王の志士です・・・って、関係ないか(笑)。

ざぶとん没収ですね(笑)。




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by sakanoueno-kumo | 2018-06-16 11:40 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(0)