人気ブログランキング |

2018年 07月 31日 ( 1 )

 

幕末京都逍遥 その104 「光縁寺(新選組墓所)」

前々稿で紹介した壬生寺に、新選組隊士の墓がありましたが、そこから西へ400mほどのところにある光縁寺にも、新選組隊士の墓があります。


e0158128_19542017.jpg
e0158128_19542357.jpg


山門の横には、「新選組之墓」と刻まれた石碑があります。


e0158128_19542660.jpg


山門の柱にも、「新選組之墓所」の文字が。


e0158128_19542998.jpg


光縁寺の門前近くには新選組の馬小屋があったそうで、毎日、門前を隊士たちが往来していました。

ある日、総長の山南敬助が山門の瓦の家紋に目をやると、山南家の家紋と同じ「丸に右離れ三つ葉立葵」であることに気づきます。

上の石碑の上にある家紋ですね。

これが縁となって、山南は光縁寺の住職良誉と親しくなり、山南の紹介で切腹した隊士たちがここで弔われ、埋葬されることになったといいます。

そして、その山南自身もここに眠っています。


e0158128_19574724.jpg


いちばん左が山南敬助の墓です。


e0158128_19575605.jpg


新選組の初期メンバーのひとりで、局長の近藤勇、副長の土方歳三に次ぐ総長という立場にありながら、首脳陣との確執が生じ、最後は切腹させられた山南敬助。

その確執の原因は諸説あって定かではありませんが、元治2年(1865年)2月、山南は「江戸へ行く」置き手紙を残して行方をくらませました。

新選組の法度で脱走は切腹とされていました。

山南の脱走を知った近藤と土方は、すぐさま追手を差し向けます。

その追手は沖田総司ひとりでした。

沖田は山南から弟のように可愛がられていたといい、その沖田ならば、山南も無駄な抵抗はしないだろうという土方の思惑があったともいわれます。

また、別の説では、近藤と土方が山南を発見しても逃してやるよう沖田に言い含めていたが、山南自ら沖田に声をかけてきて捕縛されたという話もありますが、真相はわかりません。

沖田とともに京に戻った山南は、元治2年2月23日(1865年3月20日)、「その101」で紹介した前川邸の一室で切腹して果てます。

享年33。

介錯は山南の希望により、沖田が務めたといいます。


e0158128_19580020.jpg


山南の墓石の側面には、柴田彦三郎河合耆三郎の名が刻まれています。

合祀されているようですね。

2人とも切腹させられた隊士です。


e0158128_20010997.jpg


こちらは松原忠司をはじめ12名の隊士の墓です。

松原忠司は新選組四番隊組長で、「親切者は山南と松原」という言葉が伝わるほど、温厚な人柄で知られました。

新選組の記録では病死とされていますが、その死については諸説あります(何らかの理由で切腹したが未遂に終わり、平隊士に降格されたという点は多くの説に共通します。一説には銃殺とも)。

司馬遼太郎の短編『壬生狂言の夜』では、誤って殺めてしまった浪人の妻と恋仲になり、そのことを知った土方歳三に陥れられて心中に追い込まれるという設定でした。

もちろん、司馬氏の創作ですが。


e0158128_20012357.jpg


山南敬助の墓の横には、「沖田氏縁者」と刻まれた墓石があります。

過去帳に記載があるのみで真実はわからないそうですが、沖田総司の京都時代の恋人ではないかという声があとをたたず、昭和51年(1976年)にこの寺の住職が供養のために建てたそうです。

ただ、わたしがここを訪れたときの住職さんは、この墓は山南敬助と恋仲だった遊女の明里の墓ではないかと推理されていました。

山南は切腹の間際、駆けつけた明里と格子戸越しに最期の別れを交わしたという逸話が伝えられます。

住職いわく、山南の切腹の際、介錯の沖田に明里のことをよろしくと頼み、その約束を守った沖田が、明里を自分の縁者ということにしてここに葬ったんじゃないかと。

なんともドラマチックな推理ですが、沖田もこの3年後に病でこの世を去ります。

ってことは、明里はその前に死んじゃったってことになりますね。

山南の後を追った?

なんか、物語ができそうです。


e0158128_20025173.jpg


本堂には、山南や他の隊士たちの位牌がありました。

本当にここに眠っているんですね。

ちなみに、住職さんの話によると、大河ドラマで山南敬助を演じられた堺雅人さんも、ここを参られたそうです。



「幕末京都逍遥」シリーズの、他の稿はこちらから。

 ↓↓↓

幕末京都逍遥


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓


by sakanoueno-kumo | 2018-07-31 23:59 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(2)