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2019年 09月 23日 ( 1 )

 

いだてん~東京オリムピック噺~ 第36話「前畑がんばれ」 ~伝説の名実況~

アドルフ・ヒトラー率いるナチス体制下のプロパガンダとして開催された第11回ベルリンオリンピックでしたが、日本選手団は4年前のロサンゼルス大会より多い179人。メダルも金、銀、銅あわせて4年前と同じ18個を獲得しました。そのうち11個が競泳で獲得したものでしたから、競泳王国ニッポンの面目躍如といったところだったでしょうか。その中でも、最も主役といっていいのが、競泳の前畑秀子だったでしょう。「前畑ガンバレ!ガンバレ!」の実況は、あまりにも有名ですね。


e0158128_15562366.jpg 前畑秀子は大正3年(1914年)生まれで、このとき22歳。実家は和歌山の豆腐屋で、泳ぎは紀の川で覚えたといいます。小学校時代からその才能を発揮した彼女でしたが、当初は小学校卒業後は水泳をやめて豆腐屋を手伝うはずでした。ところが彼女の才能を惜しんだ学校長など関係者が両親を説得し、名古屋の高等女学校に編入して水泳を続けることになります。親元を離れて単身名古屋で寮生活。当時の15、6歳は今の子たちより精神年齢はずいぶん大人だったと思いますが、それでも、やはり不安だったでしょう。ところが、彼女が17歳のときに両親が相次いで病死してしまいます。そんな深い悲しみのなか、翌年にロサンゼルスオリンピックに出場したんですね。結果は0.1秒差で惜敗。銀メダルでした。このとき彼女は家庭の事情もあって引退を考えていたそうですが、祝賀会に駆けつけた東京市長の永田秀次郎から、「なぜ君は金メダルを獲らなかったのか。わずか0.1秒差ではないか。たったひと掻きの差だよ。」というデリカシーのない言葉を浴びせられ、この永田市長の言葉に奮起して現役続行を決意したといいます。この話は第32話「独裁者」の稿でもふれましたね。


 そして向かえたベルリンオリンピックで、彼女は4年前に0.1秒差で金メダルを逃した200m平泳ぎに出場。地元ドイツのマルタ・ゲネンゲルとデッドヒートを繰り広げ、1秒差で見事勝利を収めました。このときNHKの河西三省アナウンサーの伝説の実況は、のちにレコードにもなりました。


「あと25、あと25、あと25。わずかにリード、わずかにリード。わずかにリード。前畑、前畑ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ。ゲネンゲルが出てきます。ゲネンゲルが出ています。ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ。前畑、前畑リード、前畑リード、前畑リードしております。前畑リード、前畑ガンバレ、前畑ガンバレ、前、前、リード、リード。あと5メーター、あと5メーター、あと5メーター、5メーター、5メーター、前っ、前畑リード。勝った勝った勝った、勝った勝った、勝った、前畑勝った、勝った勝った、勝った、勝った勝った、前畑勝った、前畑勝った、前畑勝った、前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑勝ちました。前畑の優勝です。前畑優勝です」


 実に「前畑ガンバレ!ガンバレ!」23回「勝った!勝った!前畑勝った!」12回連呼しています。実況というより、ただの応援ですね(笑)。でも、その興奮は十分に伝わってきます。実況というのは、その描写を正確に伝えるということも必要かもしれませんが、スポーツ実況の場合、その場の熱気や臨場感を伝えることがいちばんなのかもしれません。その意味では、やはりこれは後世に伝説となるほど名実況といえるのかもしれません。


 ドラマでは、「ガンバレ」の言葉に押しつぶされそうになる前畑のプレッシャーとの戦いが描かれていましたね。後世の私たちは、この「前畑ガンバレ!」の実況と、日本人初の女性金メダリストという偉業しか知りませんが、たしかに、彼女にとってレース前の「前畑ガンバレ!」は、プレッシャーでしかなかったかもしれません。この56年後のバルセロナオリンピックの同種目で金メダリストとなった岩崎恭子選手は、それほど注目されていないなかでの金メダル獲得だったので、比較的ノンプレッシャーで臨んだ結果だったといえます。その後、注目されるようになってからは、そのプレッシャーから思うような結果が出せなくなったそうです。また、過去には、長崎宏子選手や千葉すず選手など、オリンピックメダル候補として注目された選手は他にもいましたが、残念ながらオリンピックでは思うような結果が残せていません。やはり、日の丸を背負うというプレッシャーは、たいへんなものなんでしょうね。そんななか、前畑秀子は日本中の期待を一身に受け、そのプレッシャーのなかで金メダルを獲得したわけです。これは、まさに正真正銘のスーパーアスリートといえるでしょう。


 ちなみに、前畑の獲得した金メダルは、のちに空襲で焼失してしまったそうです。残念な話ですが、金メダルはそのであって、それがなくなっても、彼女が日本人初の女性金メダリストであるという事実は永遠に残り続けますからね。



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by sakanoueno-kumo | 2019-09-23 22:05 | いだてん~東京オリムピック噺~ | Trackback | Comments(0)