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2020年 02月 01日 ( 1 )

 

天下布武の象徴、安土城攻城記。 その5 <伝武井夕庵邸址~伝織田信忠邸址>

「その4」の続きです。

七曲りを登り切る少し手前に、大きな郭跡があります。

立ち寄ってみましょう。


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その虎口は石段があり、枡形になっています。


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虎口に建てられた石碑には「伝武井夕庵邸址」と刻まれています。


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武井夕庵織田信長右筆を務めていた人物で、元は美濃斎藤氏道三、義龍、龍興の3代に仕え、斎藤氏滅亡後は信長に仕えました。

右筆とは側近の官僚で、信長からの信頼も厚く、客の取次役などをしていたといいますから、ここに武井夕庵の邸があったとしても何ら不思議ではありません。

前稿までの羽柴秀吉前田利家の邸跡と違って、初めて信憑性のある邸跡と言っていいでしょう。


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また茶人としても活躍し、『信長公記』によると、天正6年(1578年)元旦に安土城で行われた茶会では、織田信忠に次いでいたと記されています。

しかし、本能寺の変後は、70歳を超える高齢であったため、表舞台から姿を消しています。


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伝武井夕庵邸址を過ぎると、七曲り最後のカーブとなります。


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後ろを振り返ります。

写真下部に見える郭が伝武井夕庵邸址。

遠くに田園風景が見えます。

往時は、あそこは琵琶湖の入江でした。


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七曲りを過ぎると、道はしばらく平坦になります。


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その左側には、「伝織田信忠邸址」と刻まれた石碑が。


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織田信忠は言うまでもなく、織田信長の嫡男で、信長の生前に家督を譲られていたといいますが、本能寺の変の同日、信忠も自刃して果てます。

父同様、その首は見つかっていません。


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もし信忠が生きていれば、その後の豊臣秀吉天下はなかっただろうという意見も多いですが、わたしは、そうは思いません。

たしかに、信長は信忠に家督を譲っていたわけですから、清須会議を行う必要もなく、史実のように容易に事は運ばなかったかもしれませんが、権謀術数に長けた秀吉のことです。

山崎合戦の功などを笠に着て巧みに信忠に取り入り、気がつけばイニシアティブを取っていたでしょう。

信忠は本能寺の変の際、父と違って京都から脱出できる可能性がなくはなかったのですが、当代記によれば、光秀襲撃の際に側近の中には安土に逃げて再起を図るように諫言する者もいたものの、「これほどの謀反を企てる奴(光秀)なら、どうして洛中の出入り口に手をまわしていないであろうか。無様に逃げ出して途中で果てることこそ無念である。悪戯にこの場所から退くべきではない」と述べたといいます。

これが事実だとすれば、信忠はあまりにも潔い真っ直ぐな青年だったのでしょう。

そんな実直な人物が、したたかな秀吉の策謀に勝てるとはとても思えません。

史実よりは少し時間がかかったかもしれませんが、結局は収まるところに収まったんじゃないでしょうか。


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伝織田信忠邸址は、大手道と通用口である百々橋口道合流点という要衝にあります。

ここが本当に信忠邸だったとすれば、信長はそれだけ信忠を信用していたということでしょうね。

「その6」に続きます。




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by sakanoueno-kumo | 2020-02-01 12:18 | 滋賀の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)