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カテゴリ:時事問題( 67 )

 

令和の始まり。

令和の世が始まりましたね。

一昨日の「退位礼当日賢所大前の儀」から「退位礼正殿の儀」を経て、昨日の「剣璽等承継の儀」、そして「即位後朝見の儀」と、ひと通りテレビで視聴しました。

これにより、徳仁さま第126代天皇となられ、前天皇の明仁さま上皇となられます。

下の写真は、わたしの地元紙・神戸新聞の平成最後の号外です。


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そして、こちらは令和最初の号外


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厳かな儀式を見ながら、改めてわが国の歴史と伝統の深さを感じましたが、それとともに、昔はこのような高貴な儀式を一般市民が見れることはなかったわけで、それを自宅のリビングでくつろぎながら視聴していられるということに、つくづく平和な世の中に生まれた幸せを感じました。

「内(うち)平(たい)らかに外(そと)成(な)る」の言葉どおり、わが国にとって平成の世は戦争のない時代だった。

これは、戦後生まれのわたしたちは当然のことのように思いがちですが、決してそうではありません。

昭和天皇の時代には言うまでもなく第二次世界大戦があり、大正天皇の時代には第一次世界大戦が、明治天皇の時代には日清戦争、日露戦争、前半には戊辰戦争から西南戦争までの内乱の数々、その前の孝明天皇の時代は幕末の動乱期だったわけで、在位中に戦争がなかった天皇といえば、第120代・仁孝天皇まで遡らなければなりません。

つまり、平成の世は奇跡の時代だったといえます。


また、天皇の生前退位は第119代・光格天皇以来202年ぶりのことと騒がれていましたが、一昨日の「退位礼当日賢所大前の儀」の際の安倍晋三首相の「国民代表の辞」の冒頭、そして昨日の「即位後朝見の儀」での新天皇陛下のお言葉の冒頭に「日本国憲法および皇室典範特例法の定めるところにより」とあったように、今回の退位および即位は、天皇の意思による「譲位」ではなく、あくまで国民代表の内閣が主導した国民主権による退位と即位だったということで、202年ぶりではなく、歴史上初のことだったわけです。

202年前の儀式では、父である光格天皇から息子の仁孝天皇に直接三種の神器等が手渡されたそうで、つまり、天皇主権による譲位だった。

ところが今回は、退位の儀式と即位の儀式を別の日に行い、しかも、即位の儀式に上皇陛下は出席されなかった。

そして、新天皇陛下の冒頭のお言葉につながる。

歴史家の磯田道史氏は、「現行の国民主権、象徴天皇の制度のもとでの作り出された新しいシステムの儀式」と分析され、「天皇家1300年の歴史の大きな転換点」と評されていました。

今回の皇室典範特例法について菅義偉官房長官は、「法律は1回限りのものだが、法律の作成に至るプロセスやその中で整理された基本的な考え方については将来の先例になりうるものと考えている」と述べておられましたが、おそらく、これが現憲法下での先例になっていくことは間違いないでしょう。

その意味では、磯田氏のいうとおり、わたしたちは大きな歴史的事象に立ち会えたといえるかもしれません。


とまあ、難しい解釈はさておき、このような歴史の深い日本という国に生まれたことを、改めて幸せに感じました。

新元号「令和」は、外国向けには「ビューティフルハーモニー」と訳したそうですね。

Beautiful Harmony=美しい調和

令和の世も、平成に続いて内外ともに調和のとれた平和な時代であってほしいものです。



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by sakanoueno-kumo | 2019-05-02 12:02 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)  

新元号「令和」発表! 出典は万葉集。

今日、新元号「令和」発表されましたね。

この度の改元は「昭和」から「平成」のときとは違って、憲政史上初の天皇陛下生前退位における皇位継承(いわゆる譲位)に伴うものだっただけに、譲位が発表された時点からメディアやSNSなどで様々な予想が立てられていました。

でも、おそらく「令」の字を予想した人はほとんどいなかったんじゃないでしょうか?

かくいうわたしも、今年の元旦の稿「平成最後の謹賀新年!新元号の大胆予想。」で能書きをたれて予想していましたが、まったくカスリもしませんでした(笑)。


いつだったか、あまりにも激化する元号予想合戦に、予想をすればするほど、その案は除外されるから、安直な予想はしないでほしいといった苦言を呈した人がいましたが、本当にそうだったのかはわかりませんが、ここは、学者の意地を見せたのかもしれません。

ただ、これもいつだったか忘れましたが、「今でしょ!」でお馴染みの林修先生が、新元号の頭文字は「R」が狙い目ではないか、と予測しておられていたと思います。

これは、お見事ですね。

もっとも、そのとき林先生が「令」の字を思い浮かべていたかどうかはわかりませんが。


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新元号の出典は万葉集からだそうですね。

万葉集にある歌の序文「于時、初春令月、氣淑風和。梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香」(時に、初春の令月にして、気淑(よ)く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす)から2文字とって「令和」としたそうですが、これまでの元号はすべて中国の儒教の経典「四書五経」など漢籍を典拠としており、日本の国書からの出典ははじめてのこと。

安倍政権の支持基盤である保守派の間から国書由来の元号を期待する声があがっていたそうですが、何より、安倍晋三首相自らの意向が強く反映されていそうな気がします。

もっとも、これについては、わたしも予てから中国の故事からとらなくていいんじゃないかと思っていました。

元号はもともと中国に学んだ慣わしであることは確かですが、その本家の中国では現在は元号は使用されておらず、世界中で元号を使っているのは日本だけです。

漢字も中国からの輸入品ですが、日本人が漢字を使い出して1500年以上経ち、しかもそこから仮名文字を生み出し、いまや日本独自の発展を遂げた日本の文字と言っていいでしょう。

ならば、中国の故事に頼る必要は、もうどこにもない。


今日、新元号発表をわたしはNHKラジオで聞いたのですが、そのとき解説していたどこかの学者さんが、「万葉集でも序文は漢文だから許容範囲でしょう。これが和歌からの出典だとしたら、問題ありですが」といった感想を述べておられましたが、なぜ和歌だったらだめなのか、よくわからないですね。

逆に、元号が漢文学からの出典でなければならない理由を教えてほしいです。

何より元号は、天皇陛下の崩御後のお名前(諡号)になるわけですから、日本の天皇のお名前は日本の国書から引用する、これ、ある意味、当然のかたちになったといえるのではないでしょうか。


新元号の発表は例によって官房長官の掲げた額での発表でしたね。

菅義偉官房長官、無事、大役を果たされました。

昨夜は眠れなかったんじゃないでしょうか(笑)。

かつて「平成」の発表をした官房長官は、のちに総理大臣となる小渕恵三さんでしたが、小渕さんの総理大臣としての実績よりも、「小渕さん=平成おじさん」といった印象が圧倒的だと思います。

その意味で、今後、菅さんは「令和おじさん」という異名で後世に語り継がれていくのでしょう。


とにもかくにも、新元号「令和」が発表され、いよいよ平成も残り1ヶ月を切りました。

元号が変わるからといって、我々の生活に大きな変化があるわけではないのですが、なんか気忙しい気がしますね。

生きている間にそうそう経験できることではないですからね。

新天皇陛下(現皇太子殿下)とさほど歳が変わらないわたしにとっては、あるいはこれが最後の改元経験かもしれません。

まあ、それほど大袈裟に考えることでもないのかもしれませんが。



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by sakanoueno-kumo | 2019-04-01 20:28 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)  

日大アメフト部の悪質タックル騒動に思う。

日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックルの問題が連日話題になっていますね。

わたしはアメフトという競技にまったく知識がなく、今回のようなラフプレイが極めてあり得ないことなのか、それとも、今回のプレイがあまりにも露骨すぎただけで、似たような反則ギリギリのプレイは頻繁に行われていることなのか、門外漢のわたしにはわかりません。

ただ、ハイレベルなスポーツの世界において、必ずしもフェアプレイが絶対でないことは想像できます。

例えば野球では、相手チームの強打者を潰すためにビーンボールとも言える厳しい内角攻めを行うのは常套手段だといいますし、実際、元西武ライオンズ名球会入りを果たした東尾修投手は、ビーンボールの投球経験を自ら認めています。

クルトスワローズ古田敦也捕手も、何度も投手にビーンボールを要求して乱闘騒ぎを起こしていますし、自身も、その報復で頭にぶつけられています。

また、サッカーでも、ボールをキープしていない選手に潰しともとれるファールを行い、レッドカードを食らった選手は数多くいます。

今回の騒動で、元プロ野球選手Jリーガーの肩書きを持つキャスターが、神妙な顔つきで日大の悪質タックルを批判する姿を見ると、正直、失笑してしまいます。

お前ら、どの口がそれ言ってんねん!・・・と。


ただ、今回の問題は、そのあとの対応にあるとわたしは思います。

今回のラフプレイの是非はともかく、日大アメフト部は、この反則作戦に失敗しました。

作戦の失敗の責任は兵卒ではなく指揮官にあります。

今回の悪質タックル問題の責任は、すべて内田正人前監督にあると断言していいでしょう。

作戦に失敗した指揮官は、その責任を取って腹を切るのが武士道です。

ところが、この内田という指揮官は、口では自身の責任だと言いながら、実際には自身の保身のみに執着してその責任を兵卒である選手や直属の部下であるコーチに擦り付けようとしています。

見苦しいですね。


まだ子供と言ってもいい若干20歳の当事者の選手が、あれほど潔く自身の罪を認め、包み隠さず誠意をこめて真実を語ったのに対し、本来若者の模範となるべき地位名声もある立派な大人が、自身の保身のみに執着して嘘で固めた発を続ける。

同じ大人として、恥ずかしい限です。

でも、裏を返して言えば、若者と違って大人は、たとえ見え透いた嘘をつき通してでも守らなければならないしがらみを背負っているということかもしれません。

そう考えれば、人は大人になればなるほど、汚れていということですね。

ということは、人の世は性善説が正しいということでしょうか?


いずれにせよ、今回の騒動で、ひとりの前途ある若の人生に傷を残す結果となったことは間違いありません。

相手チームのクオーターバックを潰という指示は、同時にその選手のことも潰すことになるという認識が、内田前監督や井上コーチにあったかどうか・・・。

無様な会見で醜態をさらした指揮官ですが、今後、世論が彼らを潰すことになるでしょう。

あまりにも大きな代償を払う結果となったタックルでしたね。

せめて、その後始末ぐらいは、至誠を尽くしてあたってほしいものです。



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by sakanoueno-kumo | 2018-05-23 23:32 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)  

天皇陛下が「生前退位」のご意向を示され、200年ぶりの譲位へ。

天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまへ譲る「生前退位」のご意向を示されていることが明らかになり、話題になっていますね。

今上天皇は現在、御年82歳

年齢も然ることながら、数年前に手術をされたお身体を考えると、やはりご公務は相当なご負担かと推察します。

わたしは、4年前に起稿した「院政と上皇について」でも少しふれましたが、かねてからご高齢の天皇の「生前退位」があっていいんじゃないかと思っていました。

というか、そうあるべきなんじゃないかと。

e0158128_17541463.jpg125代
続く歴代天皇の歴史を見れば、「生前退位」は珍しいことではなく、実に半数以上が生前に譲位しています。

譲位した天皇は太上天皇(上皇)となります。

日本の歴史上、初めて生前に退位して譲位を行ったのは、第35代・皇極天皇とされています。

皇極天皇4年(645年)6月12日、中大兄皇子らが宮中で蘇我入鹿を討ち、翌13日、入鹿の父の蘇我蝦夷が自害した「乙巳の変」、世に言う「大化の改新」ですが、その翌日の6月14日、皇極天皇は同母弟の軽皇子に譲位し、第36代・孝徳天皇となりました。

皇極天皇は女性天皇で、夫の第34代・舒明天皇の崩御後、継嗣となる皇子が定まらなかったため即位した暫定天皇だったということもありましたが、譲位した孝徳天皇が在位9年で崩御したため、再び皇位に就き、第37代・斉明天皇となりました。


e0158128_17541992.jpg平安時代末期には、藤原氏が国政の実権を掌握する摂関政治に疑問を持った第72代・白河天皇が、応徳3年(1086年)にまだ8歳の善仁親王(第73代・堀河天皇)に譲位し、上皇として政治を主導する「院政」を始めました。

以後、第74代・鳥羽上皇、第77代・後白河上皇、第82代・後鳥羽上皇と、院政が慣例化します。

第76代・近衛天皇のときには、鳥羽上皇、第75代・崇徳上皇2人の上皇が存在し、また、承久3年(1221年)に「承久の乱」が起きたときは、わずか4歳で即位した第85代・仲恭天皇の上に、第82代・後鳥羽上皇、第83代・土御門上皇、第84代・順徳上皇という3人の上皇がいたという例もあります。

もちろん、これらはすべて政治的な思惑の元で行われた譲位であり、今上天皇のご意向である「生前退位」とは、ずいぶん趣旨が違いますが。


e0158128_17542120.jpg日本史上、最後に生前での譲位が行われたのは、江戸時代後期、第119代・光格天皇で、30年以上在位したのち、文化14年(1817年)に47歳で譲位、その後、上皇として天保11年(1840年)70歳まで長寿します。

第122代・明治天皇の曽祖父にあたる天皇ですね。

この頃の譲位は、政治的意図は薄く、高齢による隠居だったのでしょう。

当時は武家でも40代後半になれば家督を継嗣に譲って隠居する時代でしたから、天皇家も同じだったのでしょうね。


その後、天皇の生前の譲位は約200年行われていません。

明治22年(1889年)に制定された旧皇室典範「天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク」との規定が設けられ、天皇は死去によって皇位を継承されると定められました。

これは、「院政」による政治構造の二極化を避けようとしたためとも言われます。

一方、天皇が病気事故など理由で職務を行えない場合や、天皇が未成年である場合には、天皇の代理者として「摂政」を置けることになっていて、最近では第124代・昭和天皇が皇太子だった大正10年(1921年)、病弱だった父、第123代・大正天皇の摂政についています。

しかし、今上天皇は「摂政」を置くことは望まれていないとか。


医学の進歩によって人の寿命が長くなった現代においては、天皇の高齢化は避けられません。

神話時代の天皇を除いた第26代・継体天皇以降の歴代天皇のなかで、最も長寿だったのは昭和天皇満87歳で、現在82歳の今上天皇も現時点で第3位の長寿です。

これからも、長寿ランキングの上位は未来の天皇が占めていくことになるでしょう。

また、高齢で即位(践祚)した天皇のランキングも、今上天皇の満55歳第2位だそうです。

現在、皇太子徳仁親王56歳ですから、すでに父の即位年齢を超えられており、このまま数年経てば、歴代最高齢での即位になるかもしれません。

一般のサラリーマンが定年退職を迎える年になってようやく天皇に即位するというのも、どうかなあという気もしますよね。

ましてや、現在の皇位継承順位は、(1)皇太子徳仁親王、(2)秋篠宮文仁親王、(3)悠仁親王ですから、その順番通りになるとすれば、あるいは30~40年後、秋篠宮文仁親王80~90歳代のご高齢で即位なさることになります。

これはどう考えても気の毒ですよね。


「生前退位」を認めるとなれば、一定の年齢になると退位する「定年制」にするのか、あるいは、その時々の天皇陛下ご自身の意志によるものとするのか、その他、さまざまな議論が必要だろうと思います。

でも、現在82歳の陛下のご負担を思えば、一刻も早く現実化してほしいですね。

天皇に隠居の自由がないというのは、気の毒な話です。

現憲法下の象徴天皇という位置づけで、かつてのような権力の二極化といった心配はする必要はなく、「院政」ならぬ「院制」にすぎないわけですから。



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by sakanoueno-kumo | 2016-07-14 17:48 | 時事問題 | Trackback(1) | Comments(4)  

朝ドラ『とと姉ちゃん』の青柳滝子の台詞にみる三菱自動車の低燃費偽装。

e0158128_21560347.jpg朝ドラ『とと姉ちゃん』が始まって3週間が経とうとしていますが、前作『あさが来た』の追い風を受けて好調のようですね。

わたしも、人生で初めて完走した前作に続いて、今回も最初から観ています。

物語は雑誌『暮らしの手帖』の創業者・大橋鎭子をモデルにしたヒロインを中心に描かれたフィクションで、戦前戦後の昭和が舞台。

自称歴史オタクのわたしとしては、やはり、フィクションといえども実在した人物をモデルに描かれた作品が好きで、本作も楽しみにしています。

今週は、主人公の小橋常子たち家族が母の実家である東京の深川に移り住んできて、はじめて祖母に接するという展開でした。

大地真央さんが演じる綺麗すぎる祖母・青柳滝子は、江戸時代から200年以上続く老舗材木屋・青柳商店女将で、厳格な人物という設定。

たぶん、この祖母が、ヒロインの今後の人生に大きな影響を与えることになるんでしょうね。

で、今朝のドラマで、客から注文を受けた木曽檜の大黒柱を、従業員が青森産の檜葉と間違えて加工してしまい、その間違いに気づきながらも黙って納品しようとしていたことが発覚し、滝子が激怒するというシーンがありました。

従業員いわく、

「客には檜葉だろうと檜だろうとわかりゃしません。

青森の檜葉だって最高級ですからね。

このまま納品したって文句をつけられることはないでしょう。

あらためて木曽の檜を加工するとなると、うちは大損でさぁ。

ここまで仕上げた青森の檜葉をみすみすどぶに捨てるなんて・・・。」

これを聞いた滝子は一喝します。

「寝言は寝てからお言い!

客が木曽檜と言ったら木曽檜しか渡しちゃいけないんだ。

それ以外のものは檜葉だろうが何だろうが渡す訳にはいかないよ!

うちはそうして200年看板を守ってきたんだよ。

看板に傷をつけようってのかい!」

調べてみると、檜も檜葉も、グレード的には遜色ない木材のようで、決して客に損をさせることにはならないというのが従業員の言い分でしょうが、問題はそこではない。

つまり、売っているのは木材ではなく、「信用」なんだ!・・ということですね。

「信用」を売って、200年商売してきたんだ!・・・と。

ここまで観てふと頭をよぎったのは、先日より燃費試験データの不正操作が発覚して問題となっている三菱自動車工業です。

同社はかつて2度にわたる「リコール隠し」が発覚し、大きく信用を失った経緯は周知のところですが、その失墜した信用を回復するべく経営再建を目指していた過程での今回の不正発覚ですから、もはや救いようがない愚行といえるでしょう。

もう信用回復は不可能でしょうね。

これが三菱自動車工業という企業の体質と判断せざるを得ません。

三菱自動車のみならず、数年前にあった食肉偽装事件やマンションの耐震構造偽装事件など、似たような不正事件が近年目立つ気がします。

安くなければ売れない・・・といったデフレの悪循環が引き起こした傾向ともいえるかもしれませんが、やはりそれは、檜葉を檜として売ろうとした青柳商店の従業員と同じで、目先の利益のことしか考えていない軽挙ですよね。

消費者は、名も知らぬ人の作った食材を口にし、顔を見たこともない人の作った家に住み、どのような過程で作られたかもわからない車に乗るわけです。

そこに「信用」がなければ、世の中は成り立ちません。

彼らのやったことは、単に自社の信用の失墜のみならず、社会全体の「信用」根底から崩しかねない愚行で、決して許されるべきことではないでしょう。

「信用は実に資本であって、商売繁盛の根底である。」

とは、日本資本主義の父といわれる渋沢栄一の言葉です。

信用は資本・・・たしかにそのとおりですね。

昨今は資本金ゼロでも会社を設立できるようになりましたが、「信用」という資本がない会社は続くはずがありません。

三菱自動車工業の経営陣は、そのことを思い知るべきでしょう。

もう遅いかもしれませんが・・・。

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by sakanoueno-kumo | 2016-04-22 22:02 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)  

埼玉女子中学生誘拐監禁事件に再認識させられた公衆電話の重要性。

埼玉県朝霞市で2年前から行方不明になっていた女子中学生が先日保護され、連日のように報道されていますね。

わたしも同世代の娘を持つ親として、この事件は2年前から気になっていました。

この2年間の親御さんの心中は察するに余りありますが、ともかくも生きて再会できて良かった。

もちろん、これにて一件落着というわけではありませんし、これからがまた大変だと思いますが、ひとまず最悪の事態には至らなかったわけで、「良かった」と言っていいのではないでしょうか。

被害者ならびにご家族が、一日も早く日常を取り戻されることを願うばかりです。

ところで、今回の事件が解決に至った経緯は、被害者の女の子が犯人が外出した隙を突いて監禁場所から脱出し、駅の公衆電話を使って自宅と警察に助けを求めたからでしたが、そこでふと思ったのは、この春中3になるわたしの娘は、似たような状況下に置かれた場合、公衆電話という発想にたどり着いただろうか?・・・ということ。

現在大学生の息子に携帯電話を持たせたのは高校入学のときでしたが、娘の場合、両親共働きということもあり、加えて、幼い少女が誘拐される事件があとを絶たない昨今の世情を憂慮し、小3の頃からGPSと防犯ブザー機能付きの子供用ケイタイを持たせていて、中学生になってからは普通のケイタイを持たせています。

おそらく公衆電話なんて使ったことないだろうと・・・。

お金がなくても公衆電話から110番119番に繋がるということを知ってるだろうか?

そもそも、自宅両親のケイタイの番号を覚えているだろうか?

覚えていたとして、市外からかける場合、市外局番がいるということを知っているだろうか?

そんな疑問が頭をよぎり、先日、娘にたしかめてみたところ、ちゃんと自宅と母親のケイタイ番号は覚えていましたし、市外局番のことも知っていました。

親の知らない間に、ちゃんと学習してたんですね。

「お父さんの番号は覚えてない」・・・と言われましたが(苦笑)。

ただ、お金がなくても110番できるということは知らなかったようですし、実際、公衆電話は一度だけ中学の学習の一環で使ったことがあるだけのようでした。

まあ、そりゃそうでしょうね。

親にしてみれば、GPSと防犯ブザー機能付きのケイタイをお守り代わりに持たせて安心を買っていたつもりでしたが、考えてみれば、もし、このたびのような事件に巻き込まれた場合、ケイタイなどは真っ先に取り上げられて捨てられるか破壊されるでしょうから、おそらく何の役にも立たない可能性が高いでしょう。

そう考えれば、こういう場合頼りになるのは、きっと公衆電話なんですね。

今回の事件で、あらためて公衆電話の重要性を再認識しました。

全国の公衆電話の台数は、20年前に比べて5分の1ほどに減少しているそうです。

ケイタイの普及率を考えれば、これはやむを得ないことでしょうが、考えてみれば、私自身、テリトリーの中での公衆電話の設置場所を把握していません(たぶん、駅にはあるのでしょうが、駅のどこに設置されているのか気にしたこともありませんでした)。

今回の事件を教訓にさせてもらい、子どもを持つ親は緊急時の連絡先を子どもと共有し、公衆電話の使い方をちゃんと教えておいたほうがいいかもしれません。

そして、最低限、生活圏内の公衆電話の設置場所は、把握しておくべきでしょうね。



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by sakanoueno-kumo | 2016-03-31 22:16 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)  

明治日本の産業革命遺産の世界文化遺産登録に思う、世界遺産の価値。

e0158128_17402144.jpg先般、「明治の日本産業革命遺産」と銘打った日本各地23ヵ所の史跡が、一斉に世界遺産登録となりましたね。
この日を目指して活動されていた関係者の方々は喜びでいっぱいだと思いますが、昨年は群馬県の富岡製糸場、一昨年は富士山、たしかその前の年は岩手県の平泉と、このところ毎年、世界遺産が増えているようで、しかも今回は一気に日本各地に23ヵ所も世界遺産が誕生したわけで、喜ばしい反面、なんか有り難みがなくなってきたような気がしないでもないです。
まあ、世界でいちばん世界遺産が多いイタリアには、50もの登録があるそうですから、そう考えれば、日本は今回で19番目の世界遺産登録ですから(今回の登録は23ヵ所の構成資産としてカウントはとなります)、世界的に見れば、特別多いというわけではないようです。
歴史の深さで言えば、日本はイタリアに決して引けをとらないですからね。
(上の写真は6月25日に発売された富岡製糸場の記念切手です。これが発売された数日後に、このたびの世界遺産登録が決定されました。来年あたり、また今回分の記念切手が発売されるんじゃないでしょうか。)

ただ、今回の抱き合せ登録というのはどうなんでしょうね。
古都京都古都奈良も一括で世界遺産に認定されていますが、あれとはずいぶん違うように思います。
全部ひっくるめてカウント1ということは、穿った見方をすれば、ひとつひとつ単体では世界遺産に登録されるほどの価値がないものを、まとめて明治云々といった付加価値をつけて、無理やり世界遺産にしてしまったように思えてなりません。
だって、同じような明治の産業遺産でも、昨年の富岡製糸場は、それ単体で世界遺産に登録されたわけですし、一括登録されている京都や奈良に至っては、単体でも世界遺産の価値があるものばかりだということは、誰もが認めるところです。
それと比べたら、ずいぶんショボい・・・失敬、見劣り観は否めないんじゃないでしょうか(実際、わたし個人的な観点からでも、これまでの18の世界遺産はすべて登録前から知っていたものばかりでしたが、このたびの23資産のなかには、今回はじめて知ったものもあります)。

日本の遺産が世界遺産となって各国から注目されるのは喜ばしいことですが、何でもかんでも登録すりゃいいってもんでもないと思います。
歴史の深いわが国ですから、もっと歴史的価値の高い遺産は他にたくさんあります。
寺社仏閣城跡など、同じような史跡をたくさん登録してもしょうがない、といった考え方もあろうかと思いますが、そもそも世界遺産の概念は、世界各国の歴史的価値のある遺跡や建築物などを、国の垣根を超えて世界じゅうの人々で守っていきましょう!・・・というものであって、観光誘致が目的ではないですからね。

わたし個人的には、このたび世界遺産となった場所には、ほとんど行ったことがありません。
などはかねから行きたいと思っていた場所のひとつでしたから、これを機にぜひ足を運んでみたいと思いますが、今回の構成資産はほとんどが炭鉱跡やら製鐵所跡造船所といった産業革命の施設なのに、その中で、萩城下町松下村塾だけ、明らかに他と異質な存在ですよね。
これって、やっぱ政治力ですかね?
こんなところにも政治家の力関係や下心が見えると、なんかシラケちゃうんですよね。
誰とは言いませんが・・・。


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by sakanoueno-kumo | 2015-07-08 17:46 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)  

酒鬼薔薇聖斗の手記出版について思う。

1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の加害者である元少年A手記が出版され、話題になっていますね。
「酒鬼薔薇聖斗事件」といったほうがわかりやすいでしょうか。
あの事件は、わたしたち神戸市民にとっては忘れることのできない暗い記憶です。
事件が起きた1997年とは、「阪神・淡路大震災」が起きた2年後のことで、表面的には復興が進んでいたものの、その復興の波に乗れた人と乗りそこねた人の格差が生じ始め、震災による経済的な二次災害ボディーブローのように効き始めた頃でもあり、神戸全体が震災直後とはまた違った意味での、殺伐とした空気に包まれていた時期でした。
そんな折り、またも日本中の人が神戸に注目することになった出来事が、あの「酒鬼薔薇聖斗事件」でした。
当時、神戸はもはや人の住める街ではないんじゃないか?・・・なんて、他の地域に住む知人からいわれたものです。
あれから18年も経ったんですね。
それだけ長い年月が過ぎたというのに、未だに少年犯罪の象徴のような事件として記憶に新しく、加害者は「少年A」の代名詞的存在であり続けていることを思えば、あの事件が、のちの社会に与えた影響は計り知れないものだったといえるでしょう。
そんな元少年Aが本を出す・・・正直、興味が沸かないはずがありません。

で、購入して読もうかどうか迷ったのですが、やっぱ、やめにします。
理由はいろいろありますが、いちばんは、被害者の遺族はこの出版を許諾しておらず、出版停止を要求しているということ。
わたしが買うのをやめたところで、きっと本は売れるのでしょうが、まあ、小さな抵抗です。
あと、ネットで検索してみると、すでに読んだ人の感想や、中には「あとがき」を全文転載しているブログなどもあり、それを読めば、概ね内容が想像できるから、という理由でもあります。
「あとがき」では、ひたすら犯した罪への反省の意を綴っていますが、でも、結局は随所に自己保身の言葉が見られ、気分のいいものではありませんでした。
まあ、人間であれば、だれでもきっとそうなりますよね。

以前、少年Aの両親が書いた手記『「少年A」この子を生んで・・・』が出版されましたが、それは購読しました。
たしかこの本は、印税をすべて被害者遺族への賠償に充てるとの話でしたし、何より当時、新米の親だったわたしとしては、どう間違えたらこのような凶悪犯が育つのか、これから子供を育てていく上での資料として、たいへん興味深かったからでもありました。
でも、結局は読んだあと後味が悪く、読まなきゃよかったと思ったのを憶えています。
その本も、結局は保身の内容でしたからね。

人は忘れる生き物です。
どれだけ深く反省しても、その思いを一生薄れることなく持ち続けるのは不可能だと思います。
人は忘れるから、苦しみや悲しみから立ち直ることができるといえるでしょう。
また、人は自己を否定し続けて生きてはいけません。
自己を否定し続けたら、いきつくところは自殺しかなくなるでしょう。
人は皆、否定したい過去をどこかで恣意的に捻じ曲げて都合よく解釈し、言い訳を繕い、正当化するなどして受け入れて生きていくものだと思います。
それが生きていく力で、これはたぶん仕方がないことなんですね。

だから、こういう手記は、必ず自己保身の文章になってしまうのでしょう。
もし、本当に心からの懺悔文が書けるとしたら、それは、いまから死ぬというときだけなんじゃないでしょうか。
でも、被害者はもちろん世論も、少年Aが過去を忘れること、身を守ろうとすることを不愉快にしか思いません。
彼は、一生罪を背負いながら生きていくべきだと、誰もが思っています。
だから、やはりこういう本を出すべきじゃないんですよね。
彼に出来る最大の懺悔は、生涯、社会に対して声を発することなく、ひっそりと生きていくことだったんじゃないでしょうか。
また、それが結果的に自分の身を守ることにもなったと思います。
心のなかでは、どんな言い訳を持っていてもかまいません。
人間ですから。
でも、声に出して言うべきじゃなかった。
また、生き方を間違えましたね。

たぶん、話題性からいってこの本は売れるでしょうね。
出版社のコメントは「批判は覚悟の上だが、社会的意義はある」とのことだったそうですが、ならばせめて、この本で得た収益を、今後の少年犯罪の減少に繋がる何かに寄付してください。
自社の利益のためではなく、あくまで社会のためだというならば・・・。


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ドラマ『それでも、生きてゆく』に思い出す、14年前のあの事件。
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by sakanoueno-kumo | 2015-06-11 19:39 | 時事問題 | Trackback(1) | Comments(2)  

青色LEDのノーべ物理学賞受賞に思う、サラリーマン研究者の成功対価。

今年のノーベル物理学賞に、青色LEDの開発と実用化に成功した、赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏の3人の日本人が受賞しましたね。
ここ最近、悲しい自然災害や惨たらしい殺人事件など、気持ちが重くなる暗いニュースが続いていたので、久々の嬉しいニュースに心が洗われる思いです。
これまで日本人が受賞したノーベル物理学賞といえば、素粒子とか宇宙ニュートリノとか、頭の悪い私のような者には、何を言っているのかさえわからない難しいものばかりでしたが(たぶん、私たちの生活に大きく関わる大発見なのでしょうが)、この度の青色LEDの開発というのは、どれほど大きな発見、開発だったかが素人の私たちでもわかりやすいですよね。
青色LEDが実用化されたことで、私たちの生活の中の光源は劇的に変わりました。
それを日本人の頭脳が導いたというのは、本当に素晴らしいことですね。
同じ日本人として誇らしい限りです。

ただ、米国の新聞では、「今年のノーベル物理学賞はアメリカ人1人と日本人2人が受賞」と報道されているそうですね。
その理由は、中村修二氏は現在、米国に移住して米国籍を取得し、日本国籍を失っているからだそうです。
中村氏といえば、勤めていた企業を相手にした青色LEDの特許訴訟問題で有名で、この裁判の結果はたいへん興味深いものだったので、わたしも強く印象に残っています。
その判決は、原告の請求を満額認めて、企業側に200億円の支払いを命じたものでしたよね。
最終的には8億円の報酬で和解したそうですが、あの判決には驚きました。

企業の従業員として雇用されている研究者は、その会社の設備を使い、予算を使い、同じ社員の協力を得て、毎月サラリーを受け取りながら研究開発を仕事としているわけですよね。
もし、その研究開発が失敗に終わっても、社員はなんのリスクも負わないわけで、大損するのは会社だけです。
だから、当然その特許の所有権も開発で得た利益も企業のものだと思っていました。
開発に貢献した社員への報酬は、昇給とか昇進とか特別賞与とかが普通なんじゃないかと。
だって、会社はその研究に投資しているわけですからね。
ド素人の見方なので間違っているかもしれませんが、当時、判決に合点がいかなかったのを思い出します。
まあ、中村氏への成功報酬は2万円だったといいますから、それはちょっと少なすぎるんじゃない?・・・とは思いましたけどね。

あれから10余年、いつの間にか中村氏は日本国籍を棄てていたんですね。
日本に見切りをつけたということでしょうか?
米国ではサラリーマン研究者が満足いく対価を得られるんですかね?
あちらは契約社会ですから、労使間で入社前に成功報酬の契約も交わしているんでしょうね。
いずれにせよ、ノーベル賞を受賞するような優秀な研究者が日本を見限って出て行ったということは、残念な限りです。
といっても、サラリーマンが成功対価として200億円もの巨額の報酬を得るというのが正しいとも思えません。
ただ、優秀な研究者が報酬を求めて日本を出て行かないようなシステムづくりは必要かもしれませんね。

何はともあれ、お3方の受賞を心よりお祝い申し上げます。


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by sakanoueno-kumo | 2014-10-09 17:16 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)  

神戸の足場倒壊事故に思い出す、阪神・淡路大震災の柏井ビル倒壊。

3日午前11時10分ごろ、神戸市中央区布引町4の3の8にある解体工事中のビルで、覆っている足場が十数メートルの高さから崩れて落ちた。自転車で通行していた女性(22)と歩いていた男性(20)が下敷...
昨日、神戸で解体工事中のビルを覆っている足場が倒壊するという事故がありましたよね。
倒れた足場は高さ約20メートル、幅約30メートルほどだそうで、片道3車線の道路を塞ぎ、通行人2人が巻き込まれてけがをされたそうです。
停車中だった路線バスにも直撃したそうですが、乗客に被害はなかったとか。
よく、その程度の被害で済みましたね。
現場は神戸市の中心部である三宮駅から北へ150メートルほど上がったところで、塞いだ道路は、神戸市街地のメインストリートともいえるフラワーロードです。
通勤などの人通りが多い時間帯だったら、大惨事だったでしょうね。

で、事故から一夜明けた今朝、たまたま事故現場の前を通る用があったので、いつも携帯しているバカチョンカメラで撮影してきました。

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道路を塞いでいた足場や鉄骨の残骸はきれいに片付けられていましたが、作業中だったと思われる重機がそのまま放置されたかたちで、無残な状態を晒していました。
まだ、報道機関のカメラがたくさん来ていましたよ。

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この事故現場で思い出したのは、19年前の阪神・淡路大震災のときの、旧・柏井ビル倒壊です。
10階建ての高層ビルが両側6車線の大通りを塞ぐように倒れていた映像を覚えておられるでしょうか?
まあ、当時はいたるところで建築物が倒壊していたので、神戸市内ではとくに珍しい光景ではありませんでしたが、現場が神戸の最も中心部だっただけに、震災時の高層ビル倒壊の象徴的映像として使われていましたよね。
あの柏井ビル倒壊現場の道路を挟んで斜め向かいが、今回の足場倒壊現場です。
もちろん、ただの偶然以外のなにものでもありませんが、でも、同じ場所の同じ道路を塞いだ昨日の映像を見て、当時のことを思い出した神戸市民は、わたしだけではないんじゃないでしょうか。

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柏井ビル倒壊は天災による事故ですが、今回の足場崩壊はおそらく過失事故で、人災ですよね。
足場倒壊事故といえば、強風によるものが多いと思いますが、昨日の神戸は強い風はなく、報道によれば、アームから鉄骨が外れるなどして道路側の足場にのしかかったことが原因のようで、重機の操作ミスや安全管理上の不備があったと見られているようです。
養生ネットで囲われた足場の下を通行しなければならないことは、よくありますよね。
こんな事故が起こらなくとも、足場作業の真下を通行するのは、あまり気持ちがいいものではありません。
このたびの事故を踏まえ、徹底した事故原因の追求とともに、業界全体の安全対策・指導の強化につなげてほしいものです。

ちなみに、旧柏井ビル跡地には、いまは新しい柏井ビルが建っています。


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by sakanoueno-kumo | 2014-04-04 14:30 | 時事問題 | Trackback | Comments(2)