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真田丸 第23話「攻略」 ~東山道軍の進軍~

 天正18年(1590年)3月、豊臣秀吉は総勢23万という大軍を引き連れ、北条氏政・氏直父子の居城・小田原城に向かいました。一方の北条軍は、小田原城に惣構を築いて迎え撃つ体制を整えます。かつては上杉謙信武田信玄ですら落とせなかった難攻不落の小田原城。兵糧武器弾薬は豊富に備蓄され、100ヶ所以上ある支城とのネットワークを活用すれば、豊臣軍とて跳ね返せる自信があったのでしょう。しかし、九州も平定して天下統一目前の豊臣軍は、これまでの敵とはすべてにおいて桁違いでした。


 豊臣軍は北条攻めの軍勢を大きく2つに分けます。ひとつは、秀吉本隊とともに東海道を進軍する主力軍20万で、もうひとつは、前田利家軍、上杉景勝軍を中心とする東山道軍3万5千。ドラマで描かれていたように、徳川家康の与力である真田昌幸は、本来であれば家康とともに東海道軍に加えられるはずでしたが、石田三成が示した陣立てでは、北国勢に組み込まれます。その理由は、ドラマのように家康が信用出来ないから・・・ではなく、碓氷峠から上野国という真田家本領をルートとしていたからでしょう。


 北国勢における真田軍の活躍があまり描かれなかったので、ここで簡単に追っていきます。


e0158128_23584558.jpg 東山道における北条方の防衛拠点は、碓氷峠の山麓にある松井田城でした。上野方面では、松井田城の背後には、氏政の弟・北条氏邦が守る鉢形城、そしてその支城となる箕輪城、さらに、秀吉の裁定により真田家から奪った沼田城があります。昌幸らは、まずはその重要拠点である松井田城を攻めます。しかし、城代・大道寺政繁の守りは堅く、攻城は約1ヶ月に及びました。このとき、事前に物見に出た真田信幸の部隊が敵の部隊と戦闘になり、敵将の首を上げる武功をあげたと伝わります。


 4月20日に松井田城を落として勢いに乗った真田軍ら北国勢は、箕輪城調略によって4日間で落とし、さらに他の軍と合流し、鉢形城を攻め、6月14日に落とします。城主の北条氏邦は前田家に預けられ、のちに金沢で死去します。


 箕輪城、鉢形城と、味方の兵の損傷を避けて調略で城を落としましたが、その手緩さに秀吉が怒り、次の八王子城攻めでは見せしめとして徹底的に叩くように命じられます。八王子城は北条家内では第一の実力者であった北条氏照の居城で、北条家にとっては小田原城に次ぐ重要拠点でした。このとき氏照は小田原城に籠城していたため不在でしたが、秀吉は、この八王子城を力で落とすことが、小田原城の戦意喪失に繋がると考えたのでしょう。従来の前田、上杉、真田ら東山道軍にさらに援軍を加え、総勢5万もの大軍を投入します。そのため、八王子城はわずか1日で落城。このとき豊臣軍は、降伏する者も容赦なく斬り捨て、女、子どもに至るまで、すべて大虐殺します。


 翌日には、討ち死にした武将たちのたくさんの首が小田原に届けられ、小田原城から見えるように晒されました。その中には、小田原城に籠る兵たちの妻子の首も数多くあったとか。惨いですね。さすがの氏照も、この仕打ちには声を上げて号泣したと伝えられます。


 いままで数々のドラマで北条征伐が描かれてきましたが、この「八王子城攻め」が描かれることはあまりありませんね。今回のドラマでも、やはりスルーでした。日曜8時の家族団らんの時間帯にはあまり相応しくないヘビーな内容ですが、虚構の正義を掲げた安っぽい反戦を描くよりも、こういった惨たらしい歴史的事実を描くほうが、戦争の愚かさというものを大いに喧伝できると思うんですけどね。


e0158128_21314160.jpg ドラマでは、苦戦する忍城攻めに業を煮やした石田三成が、後から司令官として現地入りし、上杉や真田ら諸将の不手際を責めて鉢形城と八王子城攻めに向かうよう指示していましたが、史実では、忍城攻めの司令官は最初から三成で、時系列から考えると昌幸たちは八王子城攻めのあと、忍城攻めに加わったと見るのが正しいと思われます。この忍城攻めは、映画『のぼうの城』でも描かれていましたが、小田原城の支城の中で唯一最後まで落城しなかった城で、三成の面目が丸つぶれとなった戦いとして知られます。


 ちなみに、この北条征伐が真田信繁初陣だったと言われ、秀吉の許しを得て北国勢の真田軍に同行したと描かれる場合が多いのですが、実際には、それを証明する確かな史料はないそうです。それもあってか、今回のドラマでは、秀吉の馬廻り衆として父・兄とは別行動でした。これは、じゅうぶんにあり得る話だと思います。しかし、北条との交渉の使者として小田原城に入るというのは、もちろん史実ではありません。もっとも、徳川家康が家臣を城内に入れて北条氏直と交渉していたことは史実なので、その役目を、主人公である信繁にやらせたということでしょう。


 ちなみにちなみに、小田原征伐に欠かせない「石垣山一夜城」の逸話は、今回はやらなかったですね。今年の大河は、「本能寺の変」「山崎合戦」といった、真田家が直接関わっていない誰もが知っているエピソードは描かないといった方針のようですね。それ自体は良いと思うのでうが、であれば、今話で八王子城攻めを描いて欲しかったんですけどね。



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by sakanoueno-kumo | 2016-06-13 21:32 | 真田丸 | Comments(2)