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名将、野村克也さんのご逝去を悼む。

ノムさんこと野村克也さんが11日に亡くなられました。

昭和のプロ野球界を代表する名捕手として、そして、打者としては戦後初の3冠王など数々の記録を打ち立て、監督としては、南海、ヤクルト、阪神、楽天で指揮を執り、名将と評されたノムさん。

この3日間、テレビもラジオもネットも新聞も、メディアというメディアでノムさんの話題で持ちきりのようで、あらためて、その功績の偉大さだけでなく、存在の大きさを知らされています。


名将、野村克也さんのご逝去を悼む。_e0158128_21574023.jpg



わたしの住む神戸の地方紙、神戸新聞でも12日の朝刊は1面記事でした。

さすがに、神戸新聞の写真は阪神のユニフォーム姿ですね。

阪神ファンであるわたしとしても、やはり、阪神の監督時代のノムさんを思い出さずにはいられません。


長く低迷していた阪神を再建すべく電撃招聘されたノムさんでしたが、監督在任中の成績は3年連続最下位と振るいませんでした。

「阪神の監督を受けたのは失敗だった」というのがノムさんの晩年の口癖だったといいますが、一方で、野村監督の3年間があったから、その2年後のリーグ優勝があったという声も少なくありません(2003年の優勝監督となった星野仙一氏自身がそう語っておられましたね)。

その評価が正しいのかどうかは、素人のわたしにはわかりませんが、ただ、のちに監督となる和田豊氏、矢野燿大氏をはじめ、新庄剛志氏、桧山進次郎氏、赤星憲広氏、井川慶氏など、その後もノムさんを恩師と仰ぐ選手が大勢いたことを思えば、やはり、ノムさんが阪神に残した功績は大きかったといえるのかもしれません。


ノムさんの長いミーティングというのは有名ですが、阪神の監督となって初めてのミーティングのとき、マスコミの取材に対して「監督が変わっても僕たちのやることは変わらない」と発言した当時の選手会長・和田豊選手に対し、「監督が変わっても選手が変わらないと強くはならない。君のようなチームリーダーがそんな考えだから、チームが低迷したままなんだ!」と、名指しで叱責したというエピソードは有名ですね。

以後、和田選手は自身の考えを改め、シーズンに入ってからもベンチではずっとノムさんの近くに座ってノムさんのボヤキに耳を傾けていたと。

これは、おそらく、和田選手が真面目で実直なチームリーダーだと見越した上で、あえて槍玉に挙げてチームを引き締めたんでしょうね。

野村流人心掌握術といえるでしょうか。


かと思えば、当初、誰もがノムさんのID野球と相性が合わないだろうと予想していた新庄剛志選手が、意外にもノムさんの元で花を咲かせたことは驚きでしたね。

天才肌の選手にありがちな気まぐれなところのある新庄選手でしたから、絶対ノムさんと衝突すると誰もが思っていましたが、そこは老練なノムさん、新庄選手ような選手の扱いを心得ていましたね。

いきなり新庄に投手をやらせるという斬新な手段は賛否両論でしたが、あれは真剣だったのか話題づくりだったのか、その真意はわかりませんが、あれがキッカケとなって新庄選手が打者として飛躍したのは確かです。

この度の訃報を受けて新庄氏は自身のインスタで、「宇宙人の名付け親」を冒頭に、「新庄お前はファンに愛される カッコつけて野球をやればええんや 選手に自由に野球をやりなさいって指導したのはお前だけや」といわれたというエピソードを紹介していました。

その選手によって指導法を変える。

これも、野村流人心掌握術なのかもしれません。


監督就任1年目のシーズンが最下位に終わったあと、ノムさんは全選手に反省文を書かせたそうです。

そして、それを丁寧に読み込んだ上で、一人ひとりの選手に対して、その反省文に対する所感と、来季に向けてどうすべきかの課題を書いて返したそうです。

ほとんど学校の先生ですね。

そのなかで、本人の反省文より長い返答を返されたのが、桧山進次郎選手だったそうです。

それまで、本塁打は打つものの低打率で三振も多かった桧山選手が、2年後の2001年には4番を任されて打率3割をクリア。

本塁打こそ減ったものの、中距離打者としての地位を確立しました。

桧山氏も、この度の訃報を受けて感謝の言葉を送っておられましたね。


もちろん、皆が皆、ノムさんを慕っていたわけではありません。

ノムさんが監督になったおかげで日の目を見た選手もいれば、逆に日陰に回された選手もいました。

今岡誠選手や大豊泰昭選手がそうでしたね。

今岡氏などは、いまでもノムさんのことを批判し続けています。

でも、それも仕方がないでしょうね。

誰からも慕われる指揮官なんて、長嶋茂雄さんぐらいじゃないでしょうか?


ノムさんの野球は、データ重視のID野球と言われましたが、かと言って、V9時代の川上哲治監督のように、大差で勝っていても送りバントというような面白みのない野球では決してありませんでした。

阪神の監督時代は結果的に3年連続最下位だったにせよ、それまでの阪神暗黒時代と違って、面白い話題が多かった。

新庄の投手起用にはじまり、赤星憲広選手、藤本淳史選手をはじめ俊足選手7人のF1セブン」遠山奬志投手と葛西稔投手をピッチャーとファースト間でスイッチ起用した「遠山・葛西スペシャル」など、最下位でも印象に残っている名場面がたくさんあります。

その最たる例が、新庄選手の敬遠球サヨナラ打でしょう。

もはや伝説となったサヨナラ打ですが、これも、川上監督だったら絶対許されなかったでしょうね。

いま思い出しても、野村阪神の3年間は、面白かった。

のちに楽天の監督となったノムさんが、交流戦甲子園に来たとき、阪神ファンが大歓声で迎えたことを思えば、あの3年間が無駄だったと思っている阪神ファンはいないんじゃないでしょうか。

それだけに、晩年、「阪神の監督を受けたのは失敗だった」と語っておられたというのは、阪神ファンとしては悲しい限りです。


ノムさんのID野球というのは、決してデータがすべてという考えではなく、データを材料に「考える野球」をしろということですよね。

孫子の兵法にも「敵を知り己を知れば百戦殆からず」とあるように、勝つために情報を揃えて頭を使うのは当然のことなんですよね。

ノムさんのID野球というのは、わたしは一種の哲学だと思います。

だから、多くの人の心を動かす名言が生まれたのでしょう。

ノムさんの残した名言は数え切れないほどありますが、いちばん心に残っているのはこれです。


「どうするか」を考えない人に、「どうなるか」は見えない。


どんなときも問題意識を持ってのぞめってことですよね。

「考える野球」を提唱し続けたノムさんらしい言葉です。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

合掌。



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by sakanoueno-kumo | 2020-02-13 22:02 | プロ野球 | Trackback | Comments(0)  

松井秀喜氏のワンデー・コントラクトでの引退式典に感銘。

昨年12月に引退を表明し、今年5月に東京ドームで引退セレモニーをした元メジャーリーガーの松井秀喜氏が、先日、今度はヤンキースタジアムでの引退セレモニーを行いましたね。
なんでも、2009年まで7年間在籍したニューヨーク・ヤンキース1日限りのマイナー契約を結んでの式典だったとか。
これを「ワンデー・コントラクト」というそうで、メジャーリーグではときどき行われるはからいだそうですが、スター選手が終身在籍することが多いヤンキースでは、2007年のジェフ・ネルソン投手以来2人目のことだそうです。
日本人としては、引退セレモニーを行うこと自体、松井氏が初めて。
ヤンキースもなかなかなことをしてくれますね。

なかには、松井氏とワンデー・コントラクトを結んでまで式典をするなら、他にも松井氏以上の実績をあげた元ヤンキースの選手はたくさんいる・・・と批判する人もいるようですが、それをアメリカ人が言うならまだしも、日本人がそれを言うのは無粋というものですね。
引退セレモニーは引退していく選手だけのものではなく、ファンのためのものでもあるのです。
ファンから愛された選手のみに許される特権ともいえるでしょうか。
松井選手は、それだけニューヨークのファンから愛されていたことの証で、それを同じ日本人として称えるのではなく、数字や記録だけを見て難癖つける人たちは、本当の野球ファンとは言いがたいと私は思いますけどね。

それにしても、このワンデー・コントラクトというシステムは実にいいですね。
日本のプロ野球球団も見習ってみてはどうでしょうか?
昔は、チームの顔のようなスター選手が球団を渡り歩くことは少なかったので、その選手が長きにわたって活躍したスタジアムとユニフォームで式典を行うことがほとんどでしたが、FA制度が導入されて以降は日本プロ野球の傾向も変わってきて、むしろ、ビッグネームのほうが、複数のチームのユニフォームを着るようになりましたよね。
その賛否は別にしても、ドラフト1位入団のビッグネームが、生え抜きのまま終身同じ球団で引退を向かえるという例は少なくなりました。
それも、最後に身をおいたチームではたいした活躍もせず、注目されずにユニフォームを脱いでいく例も少なくありませんし、たいした活躍をしていない球団で引退セレモニーを行なっても、なんかシックリ来ませんよね。

近年でいえば、清原和博氏などがその例で、最後は大阪ドームでのセレモニーで引退しましたが、最後の2年間だけ在籍したオリックスでは、ほとんど活躍らしい活躍はしておらず、オリックスのユニフォーム姿自体、馴染まないままの引退だったように思います。
清原選手といえば、やっぱ、ジャイアンツライオンズですよね。
そんな選手と、この度の松井氏のようにワンデー・コントラクトを結んで古巣での幕引きを演出すれば、その選手はもちろん、ファンも大喜びだと思いますけどね。
私は阪神ファンですが、新庄剛志選手の縦縞のユニフォーム姿を最後にもう一度見たかったものです。
そんな例はたくさんありますよね。
ぜひとも、日本のプロ野球界にも真似てほしいシステムです。

とにもかくにも、松井秀喜氏は日本人の誇りですね。
巷では、ジャイアンツの次期監督として名前が上がっているようですが(どこまで事実かは知りませんが)、それも去ることながら、将来、ヤンキースのピンストライプのユニフォームを着て指揮をとる・・・なんてことにならないかな~・・・と、過大な期待を注ぎたくなっちゃいます。
また、無粋な方々に批判されそうですが・・・。
なにはともあれ、松井秀喜氏の今後の更なる活躍を期待します。


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by sakanoueno-kumo | 2013-08-02 17:45 | プロ野球 | Trackback | Comments(0)  

レッドスター赤星憲広選手 引退表明

 阪神タイガースの赤星憲広選手が引退を発表した。阪神ファンにとってはとても残念な発表だ。関西では号外が配られている。他の地域の人たちが聞けば、「赤星ごときで号外?」なんて思うかもしれないが、FA獲得選手が多いタイガースの中で、数少ない生え抜き選手として非常に高い人気の選手なのである。残念でならない。

 赤星選手は、野村克也監督時代の2001年にドラフト4位で入団。ちょうど新庄剛志選手がFAでメジャー移籍をした年で、入団会見の際、「新庄さんの穴を少しでも埋められるよう頑張ります」と言うつもりが、緊張のため「新庄さんの穴は僕が埋めます!」と豪語し、翌日のスポーツ新聞で騒がれたというエピソードは、あまりにも有名な話。しかし、蓋を開ければその言葉どおり・・・いや、言葉以上の活躍をした。「新庄が出ていってくれたおかげで、赤星が育って良かったやん!」などと言う阪神ファンも少なくない。(新庄ファンの方、ゴメンナサイ。)

 主な成績は、1276安打、381盗塁、盗塁王5回(5年連続はセ・リーグ記録)、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞6回。特に盗塁にいたっては、2003年から2005年に3年連続60盗塁という、福本豊選手以来の快挙を成し遂げている。福本選手や高橋慶彦選手が活躍していた昭和の頃は、盗塁王と言えば、60から70盗塁が当たり前だったが、彼ら以降、投手のクイックモーションの技術の進歩などもあってか、平成に入ってからは盗塁王でも30盗塁という寂しい数字が続いていた。赤星選手の登場は、久々に高いレベルの盗塁王を期待させてくれるものだった。打率も3割を超えたシーズンが5回。170cmと小柄ながら、まさに走・攻・守の三拍子揃った名選手だった。

 私は週末、少年野球の指導者をしているが、小学生の子どもたちに「好きな選手は誰?」と聞けば、必ず赤星選手の名前は上位にあがる。(神戸なので阪神ファンがほとんどなもんで) 甲子園球場でも「53」の背番号のユニホームを着た子どもは多い。子どもに人気がある・・・ということは、野球選手として最も素晴らしいことで、最も必要な要素なのではないかと、私は常々思っている。「赤星選手のような野球選手になりたい!」と、子どもたちに思ってもらうことは、のちの野球界全体の発展につながることで、今、現役の選手たちも、子どもの頃、誰かに憧れて野球を始め、今につながっているはずである。赤星選手は野球選手として最も必要な要素を持っていただけに、33歳での引退は球界としても大損失だと思う。

 近年は首の痛みと闘っていた。彼の首は手術をすれば、選手生命はおろか人間生命を失う危険性もある場所だと聞いたことがある。苦渋の決断だっただろうけど生命には変えられない。ゆっくりと体を休めて、そしていつの日か指導者としてグランドに帰ってきてくれることを期待しています。


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下記、記事本文引用
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阪神の赤星が現役引退 盗塁王5度の俊足外野手
プロ野球阪神の赤星憲広外野手(33)が現役引退することが9日、分かった。首の痛みが引かないことなどが原因とみられる。赤星は愛知・大府高から亜大―JR東日本を経て01年ドラフト4位で入団。走攻守三拍子がそろった外野手として1年目からレギュラーに定着し、39盗塁で盗塁王に輝き、新人王に選ばれた。その後05年まで5年連続で盗塁王となった。打率3割は5度マークしている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091209-00000060-mai-base

by sakanoueno-kumo | 2009-12-09 18:45 | プロ野球 | Trackback | Comments(0)