人気ブログランキング |

タグ:桑田真澄 ( 2 ) タグの人気記事

 

悩める雄星投手に見る、左投手の質の考察。

 今年のプロ野球開幕前の一番の話題といえば、なんといっても埼玉西武ライオンズのゴールデンルーキー菊池雄星投手で、連日彼の動向を伝える報道が後を絶たなかったが、ここにきてようやく過剰報道とも思えた彼の話題も沈静化してきたようだ。高卒としては史上最高の6球団からの1位指名を受け、プロ野球界の宝とまで言われた彼だが、なかなか思うようにいかず苦しんでいるようだ。もっとも、高校野球とプロ野球の差というのは想像以上に大きいもので、あのダルビッシュ有投手や桑田真澄投手でさえ1年目は大した結果は残しておらず、雄星投手もまだまだ焦ることはない。しかしその例でいえば、11年前の高卒ゴールデンルーキーだった松坂大輔投手は、入団初年度から16勝をあげ最多勝利投手、ベストナイン、ゴールデングラブ賞などを総ナメにしており、今更ながらに彼が「30年に一人の怪物」と言われた所以がわかる。雄星投手も30年に一人の逸材と言われているが・・・。

 雄星投手といえば、言わずと知れた速球派の左腕。サウスポーで150キロ超の投手はプロ野球界を見渡してもそうそういるものではなく、そこが、彼が「金の卵」と評される所以なのだが、過去の例から見て、この左の速球派投手の前評判ほどあてにしづらいものはない。桑田真澄、松坂大輔、ダルビッシュ有、田中マー君など、それぞれの時代の甲子園のスターでプロでも大投手に成り得ているのは圧倒的に右投手。大昔まで遡れば、金田正一江夏豊鈴木啓示といった左腕の大投手もいるが、名球会入りした投手で見ても、そのほとんどが右投手だ。それでも左投手というのは重宝され、プロ野球全投手の約3分の1を占めている。

 それでは何故、左投手に大投手が少ないのか。それはプロ野球選手になるまでのプロセスにあるだろう。私は少年野球の指導者をしているが、毎年各学年15人~20人ほどの入部人数の中で左投げの子は1人か2人。しかしその子は左投げというだけで無条件に投手候補になる。サウスポーは希少価値があって有利という理由と、左投げの子は投手を練習させなければ、他はファーストか外野しかポジションがないという理由もある。野球をする子どもたちなら誰でも投手に憧れるものなのだが、左投げの子は競争無く投手になれる。逆に右投げの子は最初から競争なのだ。

 小・中・高校と進むにつれ競争は激しくなり、高校野球でマウンドに立てる子はその競争に勝ち抜いてきた選手。言ってみれば選り抜きの精鋭だ。甲子園に出てきている選手などは内外野手たちも皆、小学校時代は投手だったという選手ばかり。しかし、左投手はといえば、ふるいにかけられることなく生き残ってきた場合が多い。絶対数が少ないのだから当然だ。だから当然、右投手に比べて微妙なところの質が落ちる。左投手にノーコンが多いと言われるのも、その理由のひとつだろう。

 左利きの人の数は、日本の全人口の約8%ぐらいだそうだ。上記、少年野球の左投げの数を見ても頷ける数字だ。しかしプロ野球界で見れば、上にも記したように約3分の1が左投手。この比率から考えれば、左投手は右投手に比べてプロ野球の門は5倍以上広いことになる。例えばイチロー選手なども高校時代は投手で、仮に彼が左投げだったとすれば、おそらく投手としてプロに入っていたことだろう。右投手にとってプロ野球が東大だとすれば、左投手にとってのプロ野球は地方の国公立大学といったところだろうか。もちろんそんな中でも超一流になれる可能性を持った左投手はいるだろうが、確率で言えば、右投手に比べてハズレの可能性も5倍ということだ。

 松坂大輔投手が30年に一人の怪物だとすれば、松坂レベルの左投手が現れるのは150年に一人ということになる。金田投手か江夏投手がその域だとすれば、私の生きている間にはサウスポーの大投手は現れないことになってしまうのだが・・・雄星投手や如何に・・・?!



ブログランキングに参加しています。
下記、応援クリック頂けると嬉しく思います。
      ↓↓↓
にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ
にほんブログ村

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100520-00000021-sph-base

by sakanoueno-kumo | 2010-05-20 17:29 | プロ野球 | Comments(11)  

悪役だった少年桑田真澄

桑田“25年越しの夢”早大大学院受験…1月最終試験

23年前、巨人との密約が囁かれ、世間からの批難を一身に浴びた17歳の桑田真澄氏。
ドラフトで涙を流した清原和博選手に同情が集まり、桑田選手はルーキーにして悪役の汚名を着せられました。
彼らと同世代の私も当時は子供で、世論に同調して桑田を毛嫌いしたものです。
ある程度時が経ってわかったのは、悪いのは桑田ではなくジャイアンツ球団関係者を含む、周りの大人たちだったってこと。
17歳の少年が、周りの大人たちから「こうすれば巨人に単独指名で入れるよ。」と耳打ちされれば、ほとんどの人間は言われたとおりにするでしょう。
野球は高校生離れしていても心は高校生、まだ子供なんだから・・・。
17歳にしてダーティーなイメージを着けられ、嘘つき呼ばわりされた桑田少年は、当時どんな心中だったのでしょう。
大人たちが自分たちの利益のために子供に嘘を吐かせた。
彼はただ、巨人に入りたかった。
それだけだったろうに・・・。

この度、早大大学院を41歳にして受験されるとか。
23年前の嘘を嘘でなくすために・・・・とは、私の考えすぎでしょうか?
同世代のおじさんとしては、頑張って欲しいですね。

以下、記事本文引用
***************************************************************************
桑田“25年越しの夢”早大大学院受験…1月最終試験

 前パイレーツ投手で野球評論家の桑田真澄氏(40)が早大大学院スポーツ科学研究科の「受験資格審査」を突破、来年1月に最終試験を受験することが17日、分かった。一部スポーツ紙が報じた。合格すれば、高校時代に早大進学の可能性があった桑田氏の「もう一つの夢」が25年越しで実現することになる。
 桑田氏は今年3月に現役を引退、野球解説者として第2の人生をスタートさせた。一方で、「現役の頃から、引退後は勉強したいとずっと思っていた」とし、早大進学も選択肢に入っていた。
 受験するのは早大大学院スポーツ科学研究科「トップスポーツマネジメント専攻コース」の社会人入試。修士課程の1年制で、スポーツビジネスやマネジメントなどを学ぶ。夏から論文提出、面接などを行い、すでに11月に入学試験審査を終了。来年1月24日の最終試験に臨むという。
 桑田氏にとって早大進学は、小学校時代から作文で書いてきた「将来の夢」の一つ。1985年のドラフト会議では早大進学を表明しながら、巨人から1位指名を受け、受験はせずに巨人に入団した。昨年は39歳にしてメジャーデビューも果たした。球界に恩返ししたいという桑田氏が、さらに多方面に視野を広げる。

by sakanoueno-kumo | 2008-12-18 15:54 | プロ野球 | Comments(0)