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日本バレーボル女子の28年ぶりの銅メダルと、メダルを賭けた戦いと領土問題を区別できない韓国という国。

【ロンドン共同】国際オリンピック委員会は11日、日本―韓国のサッカー男子3位決定戦後に、韓国選手が竹島(韓国名・独島)領有を主張するメッセージを掲げたとして調査を始めたと発表。表彰式に当該選手を...
ロンドンオリンピックバレーボール女子3位決定戦で日本チームはライバルの韓国チームをセットカウント3-0(25-22、26-24、25-21)で破り、みごと銅メダルを獲得しました。
日本女子バレーボールのメダル獲得は、1984年のロサンゼルス大会以来、実に28年ぶりのことだそうです。
ロサンゼルス大会といえば、あの名セッター中田久美さんが17歳でオリンピックデビューしたときですね(私は中田久美さんと同じ歳で、当時ファンだったもんで・・・)。
いや~、長かったですね。

女子バレーボールはオリンピック競技に採用された最初の女子団体種目で、正式種目としてはじめて行われた1964年の東京大会で、あの伝説の「東洋の魔女」をして「金」を獲得して以降、68年メキシコ大会が「銀」、72年ミュンヘン大会が「銀」、76年モントリオール大会が「金」、辞退した80年のモスクワ大会を挟んで、84年のロサンゼルス大会が「銅」と、約20年間メダルを逃すことなく常に世界のトップクラスであり続けた日本のお家芸でした。
しかし、88年のソウル大会ではじめてメダルを逃して以降(4位)、ずっと上位にくいこめない低迷期を向かえることになります。
そしてとうとう2000年のシドニー大会では、日本女子バレー初となるオリンピック出場権を逃がすに至ります。
そのときチームのセッターだったのが、当時まだ若かった竹下佳江選手でしたね。
当時、オリンピックの切符を逃した責任追及の矛先として「セッターが159センチの身長では世界を相手に通用しない」と、彼女が批判の矢面に立たされていたことを思い出します。
あれから12年、チーム最年長の司令塔として臨んだこの度のロンドンオリンピックで、みごと28年ぶりのメダル獲得。
もちろん、メンバー12人すべての力で手にした栄光ですが、シドニーの落選の悔しさを唯一知っている竹下選手の心境は、おそらく他の選手とは比べ物にならないほどの、感無量の境地ではないでしょうか。
本当におめでとうございます。

宿敵韓国に完勝したバレボール女子ですが、もうひとつの日韓戦、サッカー男子の3位決定戦は残念ながら日本は韓国に0-2で敗れ、1968年メキシコ大会以来44年ぶりとなる銅メダルには届きませんでした。
勝っても負けても、終わったあとは両軍讃え合って終わるのがスポーツの醍醐味ですが、今回に限ってはなんとしても負けたくなかった・・・。
というのもすでに周知のとおり、この日、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が島根県の竹島に上陸し、日韓の関係がいつになく緊迫した状況となっています。
なぜこの日に竹島を訪れる理由があったのかはわかりませんが、昨日、今日とオリンピックの舞台で銅メダルを賭けたふたつの日韓戦があるのはわかっていたことで、あえてこの日に日本を刺激するような行為に出たのは、何らかの政治的挑発とみなして間違いないでしょう。
事実、サッカーの試合中には韓国選手は執拗にエキサイトしてましたからね(とくに韓国の背番号13番の選手は終始喧嘩腰でしたよね)。
聞けば、試合終了後に韓国選手が竹島領有を主張するメッセージを掲げていたとか。
これも、大統領の行動が選手を煽ったと考えていいでしょうね。
実に寒いものを感じます。
日本はスポーツをしようとしていたのに、どうやら韓国は戦争を仕掛けてきていたようです。

本当は純粋にスポーツとして拍手を贈るべきなのでしょうが、せっかくのアジア対決、メダルを賭けた一戦に水をさすような行為を大統領自身が率先して行うような国に、2連敗だけはしてほしくなかった。
その意味でも、女子バレーボルの勝利は大きかったですね。
ただ、実に後味の悪いものを感じているのは私だけでしょうか。


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by sakanoueno-kumo | 2012-08-12 02:16 | 他スポーツ | Trackback | Comments(0)