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太平記を歩く。 その197 「栄山寺行宮跡」 奈良県五條市

奈良県五條市にある栄山寺を訪れました。

ここも、かつて南朝の行在所が置かれていたと伝えられおり、「栄山寺行宮跡」として国の史跡に指定されていいます。


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現在、本堂前には、「史跡榮山寺行宮阯」と刻まれた石碑があります。

昭和13年(1938年)に建てられた碑のようです。

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栄山寺は、藤原南家の創始者・藤原武智麻呂が養老3年(719年)、父母を弔うために創建したと伝わる古刹です。

その後、武智麻呂を祖とする藤原南家の菩提寺として、鎌倉時代になるまで大いに栄えたそうです。


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写真は天文22年(1553年)の再建と伝わる本堂です。


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本堂には重要文化財の木造薬師如来坐像が安置されています。


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本堂前には弘安7年(1284年)との銘が打たれた石灯籠が据えられています。

こちらも重要文化財。


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こちらは大日如来像を安置する塔ノ堂(大日堂)


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塔ノ堂の前には、奈良時代のものと伝わる石造七重塔(石塔婆)があります。

こちらも重要文化財。


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こちらは、国宝の梵鐘を吊るす鐘楼です。

なかの梵鐘が国宝なのに、鐘楼が鉄筋コンクリート造なのが残念。


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こちらがその国宝の梵鐘です。

銘文から延喜17年(917年)の製作とわかるそうで、京都の神護寺、宇治の平等院の鐘と共に「平安三絶の鐘」として知られています。

四面に菅原道真撰で、小野道風の書と伝えられる陽鋳の銘文が施されています。

高さ157.4cm、口径89cm。


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そして、榮山寺境内の最も東側にある八角堂

国宝です。

天平宝字年間(757~765年まで)の建立と推定され、この時代の円堂としては、法隆寺の夢殿に並ぶものだそうです。


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八角堂は、藤原武智麻呂の菩提を弔うために、その子・藤原仲麻呂が建立したと伝えられるそうです。

平城京および斑鳩以外の地区にある奈良時代建築としては稀有のものであり、建立年次がほぼ特定できる点でも貴重な建築物だそうです。

榮山寺の堂宇は戦国時代にほとんど焼失してしまいましたが、この八角堂だけは焼け残ったのだとか。


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で、本題の南朝の行在所についてですが、吉野行宮賀名生行宮男山八幡行宮金剛寺行宮観心寺行宮住吉行宮については、それぞれ、いつの年代に行在所となっていたかが克明に記録として残されているのですが、ここ栄山寺行宮については、いろいろ調べてみたのですが、「南北朝時代に南朝の行在所がおかれていた」と記されているだけで、時代背景がわかりませんでした。

実は、わたしも栄山寺行宮のことを最近まで知らず、当ブログで『太平記を歩く』シリーズを読んでくれた方が、ここの存在を教えてくれて、さっそく足を運んだ次第です。

Wikipediaによると、長慶天皇(第98代天皇・南朝第3代天皇)と後亀山天皇(第99代天皇・南朝第4代天皇)の皇居には栄山寺行宮が載っていますが、後村上天皇(第97代天皇・南朝第2代天皇)のページには記載されていませんでした。

あるいは、長慶天皇以降の行在所だったのかもしれません。


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ここを訪れたのは、年末の12月23日でしたが、気候は暖かく、のどかな雰囲気を堪能して帰りました。




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by sakanoueno-kumo | 2018-02-09 01:36 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(2)  

太平記を歩く。 その187 「住吉行宮正印殿趾」 大阪市住吉区

大阪市住吉区にある住吉行宮跡を訪れました。

ここは、後村上天皇(第97代天皇、南朝第2代天皇)時代に2度、長慶天皇(第98代天皇、南朝第3代天皇)時代に1度、南朝方の行宮とされた場所です。


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正平6年/観応2年(1351年)、北朝の天皇を擁立した足利尊氏が、一時的に南朝に降伏して北朝の天皇は廃され、年号も統一されるのですが、しかし、具体的な和睦の条件が折り合わず、翌年には再び分裂します。

世にいう「正平の一統」です。


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この機に乗じて南朝方は京都奪還を目指し、後村上天皇は行宮を賀名生から河内国東条、そしてここ摂津国住吉に移し、さらに山城国男山八幡へ移します。

このとき後村上天皇がここを御座所としたのは、正平7年/観応3年(1352年)2月28日から同年閏2月15日までの、わずか1か月足らずの間でした。


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鉄製の門扉も、菊の紋章をモチーフにデザインされています。


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敷地内には「後村上天皇住吉行宮正印殿址」と刻まれた石碑があります。


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後村上天皇はその後、幕府側の内紛と楠木正儀の戦略で南朝方が一時的に優勢を得た正平15年/延文5年(1360年)9月から正平23年/応安元年(1368年)3月11日に崩御するまでの間、ここを行宮としました。

その後、長慶天皇がこの地で即位したのち、同年12月24日に吉野へ遷っています。

合算すると、後村上天皇が8年、長慶天皇が1年計約9年間、南朝の行宮だったわけですね。


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また、明治元年(1868年)の明治天皇(第122代天皇)の住吉大社行幸のおり、この地で小休止したとのことで、「明治天皇聖躅」と刻まれた石碑があります。


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この行宮跡は国の史跡に指定されています。



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by sakanoueno-kumo | 2018-01-24 23:29 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)  

太平記を歩く。 その139 「吉野朝宮跡」 奈良県吉野郡吉野町

「その127」で紹介した金峯山寺蔵王堂から西側を望む台地に、南朝妙法殿というのような建物が見えるのですが、このあたりが、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)が開いた吉野朝廷、いわゆる南朝が営まれた皇居跡と伝えられるところです。


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皇居跡の台地には、「吉野朝宮址」と刻まれた大きな石碑があります。


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延元元年/建武3年(1336年)12月21日、京都の花山院を秘かに逃れた後醍醐天皇は、いったん吉野山に入ってから23日に賀名生(西吉野)に移り、28日に再び吉野山の吉水院に身を寄せて仮の皇居としました。

しかし、吉水院では手ぜまだというので、蔵王堂近くの広い寺をということになり、この地にあった実城寺を皇居と定めて、寺号を金輪王寺と改めました。

以後、南北朝が合体する元中9年(1392年)閏10月までの57年間を、南北朝時代と呼ぶようになります。


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後醍醐天皇はこの皇居で、京都回復の方策をいろいろめぐらしますが、天下の形勢は南朝に厳しく、また、身近に仕える公卿たちも次々と死んでいき、延元4年(1339年)8月15日、第7皇子義良親王に皇位を譲って後村上天皇(第97代天皇・南朝2代天皇)をたてます。

以降、吉野の南朝は3代続き、最後の後亀山天皇(第99代天皇・南朝4代天皇)が、北朝を擁護する将軍足利義満講和を受け入れて、57年間続いた皇室の分裂は1つに戻り、吉野朝は幕を閉じます。


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皇居跡には、南朝4代天皇の歌碑があります。

まずは後醍醐天皇御製

袖かへす 天津乙女も思ひ出ずや 吉野の宮の昔語りを


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続いて後村上天皇御製

吉野山花も時えて咲きにけり 都のつとに今やかざさん


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そして長慶天皇(第98代天皇・南朝3代天皇)御製

わが宿と頼まずながら吉野山 花になれぬる春もいくとせ


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その横が、後亀山天皇御製

見しままに花も咲きぬと都にて いつか吉野の春を聞かまし


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時代は下って江戸時代、金輪王寺は徳川幕府によってもとの実城寺の名称に戻され、明治時代に廃寺となりました。

現在は皇居跡公園とされ、南朝妙法殿が建てられています。




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by sakanoueno-kumo | 2017-10-12 00:45 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)